伊坂幸太郎『終末のフール』の中の、私が好きな言葉たち【一部ネタバレあり】
目次
1.『終末のフール』の紹介
(1)『終末のフール』が、私の、伊坂幸太郎ベスト1です。
『終末のフール』は、伊坂幸太郎の連作短編小説です。伊坂幸太郎というと、『ゴールデンスランバー』、『重力ピエロ』、『ラッシュライフ』などの長編小説がよく売れています。しかし、伊坂幸太郎には、連作短編というジャンルがあり、私はこれが大好きです。『死神の精度』、『チルドレン』、『陽気なギャングが地球を回す』などなど。
その中でも、私の一押しは、『終末のフール』(集英社文庫)。
(2)あらすじ
集英社文庫の裏表紙に書いてある紹介文が、『終末のフール』のあらすじを、端的に表現していますね。引用します。
八年後に小惑星が衝突し、地球は滅亡する。そう予告されてから五年が過ぎた頃。当初は絶望からパニックに陥った世界も、いまや平穏な小康状態にある。仙台北部の団地「ヒルズタウン」の住民たちも同様だった。
こんな設定の中、「ヒルズタウン」の住民たちを主人公にする短編が、全部で8編収録されています。ひとつの短編の主人公だった住民が、別の短編で脇役として出てきたりするのもおもしろい。(関係ないけれど、伊坂幸太郎は、ひとつの小説の登場人物を他の小説に登場させるのが好きです。バルザックみたい?)
大きな筋は、ありません。小惑星の衝突を食い止めるために一大プロジェクトが行われるわけでもないし、地球からの脱出の希望を目指すわけでもないです。三年後に小惑星が衝突して地球が滅亡する世界の中で、「ヒルズタウン」の住民たちが、毎日を送っています。そんな小説です。
(3)小説の中に、いい言葉が、いっぱい詰まってる
ただ、身近な人複数人におすすめしても、「まあ、つまらなくはないけれど、なんてことない小説だよね」的な感想が返ってきてしまいました。
『終末のフール』には、たいしたストーリーがあるわけでもないし、大きな心の動きがあるわけでもありません。また、設定は突飛であり、荒唐無稽なお話とも言えます。
しかし、『終末のフール』には、いい言葉がいっぱい詰まっています。私は、この小説の中に出てくる言葉のうち、数え切れないほど多くの言葉が、大好きです。
そこで、『終末のフール』の中の、私が好きな言葉をご紹介します。
3.好きな言葉いろいろ
(1)「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
「鋼鉄のウール」より(p.220~)
『終末のフール』の中で、私が一番好きな一節です。ちょっと長いけれど、引用します。苗場さんというキックボクシングのチャンピオン(ローキックと左フックが得意)と、ある映画俳優と(饒舌さが売りの、派手な俳優)の対談の場面。
「苗場君ってさ、明日死ぬって言われたらどうする?」俳優は脈絡もなく、そんな質問をしていた。
「変わりませんよ」苗場さんの答えはそっけなかった。
「変わらないって、どうするの?」
「ぼくにできるのは、ローキックと左フックしかないですから」
「それって、練習の話でしょ? というかさ、明日死ぬのに、そんなことするわけ」可笑しいなあ、と俳優は笑ったようだ。
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」文字だから想像するほかないけれど、苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
<中略>
苗場さんがランニングをしている写真だ。深夜の公園を一人で、黙々と走る姿で、地味で動きのない構図だったけれど、その静寂と苗場さんから立ち昇る湯気のような熱気が、美しく捉えられている。恰好いい、と思うと同時に、「できることをやる」という言葉がまた甦った。黙々と、不器用に、でも、やることをやる。それしかないだろうに、と苗場さんが走っていた。他にどうするって言うんだ、と。自分でも気づかないうちに、涙を流し、写真を抱えたままゆっくりと横になり、眠っていた。
この一節ばかり、もう何十回も読んでいます。なんでこの一節がこんなにも好きなのだろうかと考えてみた結果、「苗場さん」という人物の魅力もさることながら、「できることをやるしかない」という姿勢が好きなんだろうという結論に至りました。
自分にできることは、●●だけである。だから、●●をやるしかない。他にどうしようもないし、これでいい。
私は、この姿勢をかっこいいと思うのと同時に、とても有用なものだと考えています。自分にできることを把握して、それをやる。自分にできることをやるしかないし、それでいい。私がそうありたいと思っている姿勢は、まさにこれです。
「鋼鉄のウール」の中のこの一節は、私が理想とするこの姿勢を、「苗場さん」という魅力的な人物を描写することによって、ばっちり表現しています。
(2)「生きられる限り、みっともなくてもいいから生き続けるのが、我が家の方針だ」「死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ」
「深海のポール」より(p.338~)
土屋さんという魅力的な登場人物の台詞です。土屋さんは、高校時代にサッカー部のゴールキーパーをしていた、現在30過ぎの男性です。土屋さんには、先天性で進行性の病気をもった子供がいます。
私は、生きる意味を考えたり、人生の目標を定めたり、自分の人生を効果的にするための工夫をしたり、計画を立てたりすることが好きです。これらの行為をすれば、私は充実感を感じることができるし、いろんな物事が、まあ、それなりに、うまくいきます。
ただ、ともすると、賢く合理的に生きるようになってしまうきらいもあるように感じます。
そんな中、土屋君の言葉を聞いて(読んで)、なんだか反省してしまいました。
「生きられる限り、みっともなくてもいいから生き続けるのが、我が家の方針だ」
「死に物狂いで生きるのは、権利じゃなくて、義務だ」
そうだよなあ。
同じ短編の中に、「生き残るっていうのはさ、あんな風に理路整然とさ、『選ぶ』とか、『選ばれる条件』とか、そういうんじゃなくて、もっと必死なもののような気がするんだ」
という台詞も出てきます(これは土屋さんじゃないですが)。
たぶん私は、これからも、理路整然と効果的に生きることを模索し、実践し続けるのでしょう。でも、中心に置くのは、「みっともなくてもいいから生き続ける」ということにしたいなと思っています。
(3)おまけ「今日という日は残された日々の最初の一日。」
冒頭に掲載されていた言葉です。
毎朝この言葉を意識して毎日を送れば、きっと、毎日を、もっといとおしく感じることができるのではないかと感じます。
そういえば、ミスチルの桜井さんが、好きな言葉として、この言葉をあげていたように思います。
●
もっといっぱいあるんだけれど、とりあえずこんなところで。
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