『ストーリーとしての競争戦略』を具体的に活用する下準備としての内容整理(上)
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本
目次
[はじめに]
アダム・グラントの『Give & Take』と『Originals』は、このウェブ社会で、個人が社会に価値を追加するための道すじを、明確に描いた本です。この2冊の監訳者だったことから、私は楠木建さんを知りました。
楠木建さんは、経営学の研究者です。『Originals』の「監訳者のことば」において、ご自身の研究テーマについて、次のようなことをおっしゃっています(引用は、いずれも、『Originals』より)。
だから競争優位を構築しようとする以上、それは持続的でなくてはならない。構築よりも持続のほうが何倍もむずかしい。だから、戦略論の行き着くところはつねに「模倣障壁」の問題になる。他社が追いかけてきても真似できない障壁をいかにつくるか、という話だ。
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いくらでも模倣障壁をリストアップできるのだが、僕はこのロジックがどうも好きになれなかった。
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模倣されるのが遅いか早いかの違いはあっても、「模倣障壁の構築が重要」といった瞬間、持続的競争優位というのは論理的にはずいぶん窮屈な話になる。
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従来の「模倣障壁」系の話に代わる持続的な競争優位の論理はないものか、というのが長年の僕の思考のテーマであった。
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「模倣障壁」というロジックの窮屈さに共感するとともに、「このロジックがどうも好きになれなかった」という理由で、これに変わる論理を長年求める姿勢がとても魅力的だったため、楠木建さん自身の研究に興味を持った私は、『ストーリーとしての競争戦略』を手に取りました。
読んでよかったです。わかりやすく、面白い本でした。しかも、大いに役立ちます。
本書の力を引っ張り出すには、具体的な対象を題材にして戦略ストーリーを自分なりに読み解いたり、自分自身の生き方における戦略ストーリーを構想したりといった、具体的な作業をすることが有効です。私は、今後、これらの作業を少しずつ進めていくつもりなので、ここでは、その前提として、同書の内容を整理します。
1.なぜ、戦略を、ストーリーという視点で捉えるのか?(第1章)
『ストーリーとしての競争戦略』は、戦略をストーリーという視点で捉えます。
「ストーリー」(narrative story)という視点から、競争戦略と競争優位、その背後にある論理と思考様式、そうしたことごとの本質をじっくりお話ししてみようというのが、この本に込めた私の意図です。
この本のメッセージを一言でいえば、優れた戦略とは思わず人に話したくなるような面白いストーリーだ、ということです。
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では、ストーリーとは何でしょうか?
また、なぜ、ストーリーという視座を大切にするのでしょうか?
(1) ストーリーとは、何か?
a.戦略の本質とは?
『ストーリーとしての競争戦略』は、戦略についての本です。では、戦略とは何でしょうか?
「違いをつくって、つなげる」ということ、つまり、
- 違いをつくること
- つくった違いをつなげること
という2つの要素が、戦略の本質だ、といいます。
「違いをつくって、つなげる」、一言でいうとこれが戦略の本質です。
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(a) 違い
ある主体が、競争の中で業界平均水準を超える利益をあげることができるのは、その主体に、競合他社との何らかの「違い」があるからです。
そこで、この「違い」を作ることが、競争戦略の本質のひとつめとなります。
だから違いをつくる。これが戦略の第一の本質です。
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(b) つなげる=構成要素間の因果論理
もうひとつの本質が、「つながり」、つまり、二つ以上の構成要素の間の因果論理です。
ここで強調したいのは戦略のもう一つの本質、つまり「つながり」ということです。つながりとは、二つ以上の構成要素の間の因果論理を意味しています。因果論理とは、XがYをもたらす(可能にする、促進する、強化する)理由を説明するものです。個別の違いをバラバラに打ち出すだけでは戦略になりません。それらがつながり、組み合わさり、相互に作用する中で長期利益が実現されます。
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b.ストーリーとしての競争戦略
戦略をストーリーで語るということは、個別の違いを超えて、複数の違いの因果論理を動的に捉える、ということです。
戦略をストーリーとして語るということは、「個別の要素がなぜ齟齬なく連動し、全体としてなぜ事業を駆動するのか」を説明するということです。それはまた、「なぜその事業が競争の中で他社が達成できない価値を生み出すのか」「なぜ利益をもたらすのか」を説明することでもあります。個々の打ち手は「静止画」にすぎません。個別の違いが因果論理で縦横につながったとき、戦略は「動画」になります。ストーリーとしての競争戦略は、動画のレベルで他社との違いをつくろうという戦略思考です。
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これは、「動き」や「流れ」を重視する思考様式だと言えます。
戦略の実体は、個別の選手の配置や能力や一つひとつのパスそのものではなくて、個別の打ち手を連動させる「流れ」、その結果浮かび上がってくる「動き」にあるのです。
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ストーリーとしての競争戦略とは、「勝負を決定的に左右するのは戦略の流れと動きである」という思考様式です。
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(2) なぜ、ストーリーという視座を大切にするのか?
『ストーリーとしての競争戦略』がストーリーという視座を大切にする理由は、次の5つです。
- 1 戦略のダイナミックなところを強調するため
- 2 長い話が大切なのに、それが軽視される傾向にあるので、あえて
- 3 戦略実行のために、ストーリーという視座が有効に機能するから
- 4 日本企業は価値分化する傾向にあるところ、このためには、ストーリーという視座が有効に機能するから
- 5 単純に面白いため
2.競争戦略の対象・競争戦略が目指すもの・長期的利益の源泉(第2章)
(1) 競争戦略の対象範囲
経営学において、戦略には、2つのものがあります。全社戦略と競争戦略です。
- 競争戦略
- 特定の業界にいることは前提に、その業界の中で、競合他社との間で、どのように競争をするか?
- 全社戦略
- どの業界で競争するかを検討する
『ストーリーとしての競争戦略』の対象は、競争戦略です。全社戦略は基本的には扱っていません。
(2) 競争戦略の目的
競争戦略を論じるには、勝ち負けの基準を明らかにする必要があります。それが競争戦略の目的です。
『ストーリーとしての競争戦略』は、競争戦略の目的は「長期にわたって持続可能な利益」だ、とします。
競争戦略の考え方では、答えは①の「利益」です。もう少し詳しくいうと、「長期にわたって持続可能な利益」です。
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なぜ、長期的利益が重要なのでしょうか。ここの論理は、長期的利益が出れば、他のものはだいたいなんとかなる、というものです。
当たり前といえば当たり前なのですが、大切なのはその論理です。それはいたってシンプルな話です。利益が持続的に生み出されていれば、他の大切なことはだいたいなんとかなる、もしくは利益を追求する過程ですでになんとかなっている。だから企業は利益の最大化をゴールとしてねらうべきだ。こういう論理です。
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長期的利益のほかに、競争戦略の目的となりそうなものには、 シェア、成長、顧客満足、従業員満足、社会貢献、株価(企業価値) などがあるところ、長期的利益さえ実現できれば、これらはいずれついてくる、というわけです。
(3) 長期的利益の源泉
では、長期的利益は、どこから生まれるのでしょうか。利益の源泉には、大きく分けて2つのものがあります。競争戦略を考える上では、利益の源泉を2つに分けて認識できることが大切です。
a.業界の競争構造
第一の源泉は、業界の競争構造です。利益の生みやすさは、業界によって異なります。利益を生みやすい業界から生みにくい業界まで様々です。
この業界の競争構造を分析するための枠組みが、「ファイブホース」です。
このフレームワークは、どんな業界でも、その業界の利益を奪おうとする圧力(force)がかかっている、と考え、その圧力を次の5つに分けて分析します。
- 業界内部の対抗度
- 新規参入
- 代替手段
- 対顧客の交渉能力
- 対供給者の交渉能力
業界が直面している脅威の大きさを5つの切り口で分析することで、業界の競争構造を理解することができます。
もし五つの圧力すべてが小さければ、その業界は「五つ星業界」であり、そもそも利益を出しやすい構造にあるといえます。
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b.戦略
第二の源泉が、戦略、それも競争戦略です。競争戦略とは、「特定の業界にいることは前提に、その業界の中で、競合他社との間で、どのように競争をするか?」についての戦略でした。
利益を生みやすい構造の業界にだって利益を生んでいない企業があり、利益を生みにくい構造の業界にだって利益を生んでいる企業があります。同じ利益構造を持つ業界の中に、利益を生んでいる企業と利益を生んでいない企業が存在するのは、それぞれの企業が採用する競争戦略ゆえです。
競争戦略の本質のひとつは「違いをつくる」ということでした。『ストーリーとしての競争戦略』は、この「違い」に2つの異なるパラダイムがあることを指摘します。それが、
- SP:種類の違いを重視・ポジショニング
- OC:程度の違いを重視・組織能力
です。
SP(ポジショニング)は、「他者と違うところに自社を位置づけること」によって、違いをつくりだそうとします。このためには、「何をやるか」よりも「何をやらないか」を決めることがずっと大切になります。
ポジショニングとは「位置取り」のことです。SPの戦略論では、戦略とは企業を取り巻く競争環境の中で「他社と違うところに自社を位置づけること」です。もっと平たくいえば「他社と違ったことをする」、これがSPの戦略論の考える競争優位の源泉です。
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明確なポジショニングによる違いを構築するためには、「何をやるか」よりも、「何をやらないか」を決めることがずっと大切です。
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これに対して、OC(組織能力)は、「他社と違ったものを持つ」ことによって、違いをつくりだそうとします。企業の内的な要因のうち、他社がそう簡単には真似できない経営資源に競争優位の源泉を求める考え方だといえます。
SPが「他社と違ったことをする」のに対して、OCは「他社と違ったものを持つ」という考え方です。
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SPの戦略論が企業を取り巻く外的な要因(その際たるものが業界の競争構造)を重視するのに対して、OCの戦略論は企業の内的な要因に競争優位の源泉を求めるという考え方です。
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他社がそう簡単にはまねできない経営資源とは何でしょうか。組織に定着している「ルーティン」だというのが結論です。ルーティンとは、あっさりいえば「物事のやり方」(ways of doing things)です。さまざまな日常業務の背景にある、その会社に固有の「やり方」がOCの正体であることが多いのです。
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異なったパラダイムに立つSPとOCを因果論理で結びつけ、そこに流れと動きをつくっていくことこそが、ストーリーとしての競争戦略です。
[続く]
長くなってきましたので、続きは別の記事に改めます。
次回以降、「戦略ストーリーの5C」、「競争優位の階層」、「骨法10ヵ条」などをまとめる予定です。
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