煽らず、脅さず、地に足の着いた希望を示し、行動を生み出す本『ゼロから始めるセルパブ戦略』(倉下忠憲)
公開日:
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書き方・考え方
目次
1.はじめに
読みました。
『ゼロから始めるセルパブ戦略: ニッチ・ロングセール・オルタナティブ (セルパブ実用書部会) 』
倉下忠憲さんによる「月刊くらした」の最新作です。
テーマは、「セルパブ戦略」=「セルフパブリッシングの戦略」。セルフパブリッシングとは、電子書籍を自分で(出版社を通さずに)出版することを意味します。AmazonのKDPなどが代表例です。
倉下忠憲さんは、出版社から複数の本を出しているプロの物書きであるのと同時に、KDPによるセルパブに精力的に取り組むセルフパブリッシャーでもあります。本書には、そんな倉下さんが自身の経験から学んだ具体的な教訓が、惜しげも無く公開されています。
ゼロから始めるセルパブ戦略 ニッチ・ロングセール・オルタナティブ | Official Website
2.本書から学んだ3つの教訓
私は、本書から、3つの教訓を学びました。
(1) 実験として取り組む、ということ
倉下さんの「月刊くらした」とは、毎月1冊ずつ電子書籍を出版する、という企画です。
2014年のエイプリルフールネタとしてブログに登場したと思いきや、
その1ヶ月後には、現実に始まっていました。
そのまま2014年を終え、
月1冊ペースを落とさずに1年間走りきって、12冊。
R-style » 自分で作った12冊(+α)の電子書籍の振り返り
その後も続き、今この本書に至ります。
計画もとんでもないですが、実現してしまう倉下さんも、とんでもないとしか言いようがありません。
●
さて、そんな「月刊くらした」は、どんな意図で始まったのでしょうか。
計画の目的は「データを集めること」でした。本をたくさん売ることでも、私が有名になることでも、それで食べていくことでもありません。多様なデータを集めることが達成すべき目標です。そのため、毎月の本は違った形で作るようにしました。テーマ、体裁、作り方、値段……ともかく何かを変えるのです。
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「データを集めること」。
「月刊くらした」は、データを集めるために始まりました。
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「実験に、失敗はない。」「試行錯誤として行えば、すべてに意味がある。」
こんな考え方があります。
私もこの考え方が好きです。何かをやるかどうか迷ったときなど、こんな言葉を自分に言い聞かせることがよくあります。
しかし、倉下さんによる「月刊くらした」創刊のエピソードを読んで、自分の姿勢は甘かったと反省しました。というのも、倉下さんのデータを集める姿勢は、とても徹底しています。たとえば、比較対象データを得るために『Amazon.co.jp: 赤魔導師の白魔法レベルぐらいまでは』の販促活動を一切つつしみ、変動のない売上明細を毎日眺め続ける期間の描写は笑いを誘うのですが、落ち着いて考えるとこれも、データを集めるための徹底した姿勢を示しています。
「実験に、失敗はない。」とか「試行錯誤として行えば、すべてに意味がある。」といった考え方は、たしかに自分を鼓舞してくれますし、行動を促してくれます。
でも、明確な目標も立てず、漫然とやってみることだけでは、実効性のある実験や試行錯誤にはなりません。また、「成長する」「ノウハウを手に入れる」「セルフブランディング」といった目標を立てての試行錯誤は、一見それっぽいのですが、これらの目標は、実質的にはあまり意味のあることを言っておらず、抽象的な姿勢を示しているだけです。
かといって、「実験として」「試行錯誤として」という観点を持たずに、単に「12冊の電子書籍を出す」「売り上げ累計100万円を目指す」ということそれ自体を目標にするのでは、どこにもつながりません。
その点、「データを集めるため」は、具体的で、地に足が着いていたものでありながら、獲得したデータをもとに実効性ある戦略を組み立てることにつながるなど、その先に長くつながっていきます。「実験として」「試行錯誤として」という姿勢を真に機能させるには、こんな目標設定と、設定した目標のための真摯で徹底した姿勢が必要なんだと、深く納得しました。
そこで、ひとつめの教訓はこうです。
<<教訓1 地に足の着いた、しかも、長くつながる目標を設定してこそ、「実験として」「試行錯誤として」という姿勢は、生きる>>
(2) 「ロングセール」&「読者さんとの長期的な関係」
ふたつめの教訓は、こうして得たデータから、倉下さんが導き出した戦略と関係しています。
倉下さんは、自身の「実験」から得たデータによって、ひとつの戦略を導き出しました。それが、「ロングセール」です。
では、この小さな希望をどのように活かしたらよいのでしょうか。その答えが「ロングセール」です。
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「ロングセール」とは、長期間売り続ける、ということを意味します。時流に乗って短期間でたくさんの売上を作ることを狙うのではなく、息の長い本を売り続けていく方が、セルパブにとっては現実的だ、というのが、倉下さんの考えです。
そんなリスクをとる戦略よりも、ロングセールの力学を活かして、息の長い本を売り続けていく方が、低コストかつ低リスク、つまり「現実的」な戦略と言えるのではないでしょうか。
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セルパブというメディアは、
- コストを掛けなくても、長期間、販売可能な状態にしておける。
- コストを掛けなくても、不特定多数の人からアクセスしてもらえる状態にしておける。
という特徴を持っています。「ロングセール」は、セルパブのこの特長を活かす、現実的な戦略です。
とはいえ、「ロングセール」は、単なる現実的な販売戦略にとどまりません。人間の本性に対する深い洞察を経て、大きな話へとつながります。
一つだけ書いておきたいのは、既存の出版とセルフパブリッシングの一番の違いは、編集の有無による質の高低ではなく、読み手が持っている信頼感です。
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既存の出版と比較したときの、セルパブの一番の違いは、信頼感だと指摘します。
確かにそうです。既存の出版にも質の低い本がありますし、他方で、セルパブにも質の高い本があります。質の肯定は、本次第であり、究極のところ、読んでみなければわかりません。
では、どうしたらよいでしょうか。
倉下さんは、こんな対策を示します。
しかし、信頼感がないのであれば、それを築いていけばいいだけです。もちろん、それは簡単なことではありませんし、時間もかかります。ただ、一度信頼感を持ってもらえれば、買い手(読み手)にとって、それがセルフパブリッシングであるかどうかは特に意味がなくなります。
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「読者さんに一度信頼感を持ってもらう。」「信頼感を持ってもらえば、セルパブかどうかは、意味がなくなる。」
確かにそうです。
そして、この洞察が、「ロングセール」に、こうつながります。
そして、ロングセールとはまさにその長期的なものを見据える行為なのです。
「読者さんと長期的に良好な関係を築いていく」
常にそのことを考えてみてください。
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「ロングセール」とは、ただ単に長期間売り続けることではなく、信頼感を持ってもらうため、「読者さんと長期的に良好な関係を築いていく」ことです。
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「ロングセール」&「読者さんと長期的に良好な関係を築いていく」 は、倉下さんのセルパブ戦略の根本原理でありながら、具体的な行動指針としても機能します。
作品の展開、告知活動、セールやマーケティング施策。それらすべての判断基準が「これは、読者さんと長期的に良好な関係を築いていけるかどうか」です。
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環境が変化しても、通用する戦略です。
今後、読み放題サービスなども登場し、セルフパブリッシングだけでなく大きな出版の流れ自体にも変化が訪れることでしょう。それでも、読者さんとの関係構築さえ忘却しなければ、(狭くても)一つの道は開けるはずです。
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こんな優れた戦略は、セルパブの持つ特性を前提に、一番の違いが信頼感の有無だという洞察を掛けあわせたところに、生まれました。そこで、2つめの教訓は、こうです。
<<教訓2 対象領域の特性と人間の本性を掛けあわせたところに、戦略が生まれる>>
(3) この手で紡ぐ新しい文化
倉下さんの著書に、『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』という本があります。私はこの本を2年ほど前に読み、このブログやTwitterアカウント(彩郎)に、大きな影響を受けました。
この本を読んだとき、私は、こんなことを考えました。以前書いた「自分の持ち味を発揮することと、価値を見い出されること。『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』」から、ごそっと転載します。
—
黄色本は、セルフブランディングの方法論を解説する本であると同時に、セルフブランディングを実践した先にある世界を描く本です。少なくとも、私はそのように黄色本を読みました。
黄色本が描く「セルフブランディングを実践した先にある世界」は、個人が自分らしさを発揮できる世界です。この世界では、個人は、自分らしさを発揮して、自分らしさに価値を生み出すことができます。
セルフブランディングの技術というのは、別の視点からみれば「個人が自分らしさを発揮するための技術」とも言えます。そして、その「自分らしさ」に価値を生み出すための技術でもあります。その技術の先には、「自分らしい」生き方が待っているのでしょう。
p.5 『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』
ちょっと広げて社会レベルで考えると、セルフブランディングを実践した先にある世界は、個人が活躍できる世界です。その世界では、個人一人一人が「自分らしさ」を持ち、それを活用していきていきます。
世界を構成する個々人が、自分の持ち味を存分に発揮できる世界。FacebookやTwitterの普及によって、社会がこの方向に進んでいくことを思うと、ワクワクします。
私の目に映っている変化は、社会全体からみればまだ小さいものかもしれません。しかし、一つの変化が次の変化を引き起こし、それがまた次の変化を呼ぶ、という構図で徐々に大きな影響力になっていきます。それはツイッターやフェイスブックなどが日常的に使われすぎて、もはや話題にも上らなくなるほど生活に溶け込んだ時、その影響力の大きさがはじめて見えてくるのかもしれません。そうなったとき、個人一人一人が「自分らしさ」を持ち、それを活用して生きていける世界が生まれるのだと私は信じています。
p.235 『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』
自分の持ち味を発揮することと、価値を見い出されること。『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』
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『ゼロから始めるセルパブ戦略』は、見方によっては、「倉下さんが、セルパブについて語ることで、[個人一人一人が「自分らしさ」を持ち、それを活用して生きていける世界]を生み出すために個人ができることを語る本」だと言えます。
本書で明かされているのは、倉下さんによる「月刊くらした」の記録です。とても具体的で地に足の着いた記録なのですが、そんな具体的な記録の中に、セルフパブリッシングという新しい文化に向けて、倉下さんが感じている希望がちらほら見えます。
しかし、私たちが歩みを止めてしまったら、それは永遠に顕現しないのです。「本」という文化が、先達から受け継がれて今に至ったように、私たちもセルフパブリッシングという新しい文化を謳い上げていこうではありませんか──と、いささか暑苦しいお話をしてしまいました。
location 1011
セルパブ戦略は、倉下さんにとって、『Facebook×Twitterで実践するセルフブランディング』の[個人一人一人が「自分らしさ」を持ち、それを活用して生きていける世界]を生み出すための具体的行動なんじゃないかと思います。
自分自身がやりたいことをやり、そして読者さんがそれを楽しんでくれる。そんな関係が何年も何年も続き、そして似たようなことをする作家が何人も何人も生まれる。その蓄積の先に、文化の変容は待ち構えているのかもしれません。
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<<教訓3 セルパブに自ら参加することによって、セルパブという新しい文化を、この手で紡ぐことができる>>
3.煽らず、脅さず、落ち着いた希望で、行動を生み出す本
ここ1年半くらい、私は、セルパブを自分でやってみたい、と思っていました。でも、いろいろあって、まだ1冊も完成していませんし、現時点で具体的な行動もしていません。足踏みしている感覚を抱えて焦っていた、といってもまちがいじゃありません。
だから、正直なところ、この本を読むのが、少し心配でした。煽られたら嫌だなあ、焦りが強まるかなあ、という心配です。
でも、逆でした。
本書は、煽りませんし、脅しません。「すぐにセルフパブリッシングしないと乗り遅れる! 生き残るにはセルフパブリッシングしかない! 止まっていてはだめだ!」みたいな気持ちにはなりませんでした。
私が本書から受け取ったのは、安心と希望です。「ロングセール」と「読者さんと長期的に良好な関係を築く」が典型ですが、本書には、「基本的な方向性を大切にして、今、自分がやりたいことに、楽しみながら、力を注ぐ。長い期間を見据えれば、その積み重ねが、意味あることにつながる。」という姿勢が一貫しています。自分自身のセルパブも、こんな姿勢でやっていけばいいのかなと、安心し、希望を抱きました。
今の私にとっては、今、自分が価値を感じ、やりたいと思うことに向けて行動することが大切な気がします。きっと、然るべきタイミングが来れば、自分も自分なりの方法で、セルパブという新しい文化に参加していることでしょう。無理して期限を区切ることはせず、今やりたい行動を積み重ねていくことにします。
煽らず、脅さず、自分自身の経験に基づく地に足の着いた希望を静かに示すことで、読者に行動を促す。本書は、そんな誠実な本です。
セルパブを自分でやってみたいと思っている人はもちろん、セルパブという新しい文化に興味をお持ちの方にも、おすすめします。KindleUnlimited(アンリミ)の対象ですしね。
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