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「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢と、その実現

公開日: : WorkFlowy, 書き方・考え方

1.大学生のときに共感した「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢と、その後の10年

(1) 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢

大学生のころに読んだ『書くためのパソコン』に、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」というアイデアが紹介されていました。

書くためのパソコン (PHP新書)

『書くためのパソコン』のテーマは、「パソコンで文章を書くための快適な環境を手に入れる」ことです。

そういうことから本書では「パソコンで文章を書くための快適な環境を手に入れる」、これをテーマに話を進める。

p.22

同書は、「パソコンを文章を書くための快適な環境」はいくつかの要素によって構成されていると説きます。そのうちの大切なひとつが、文章を書くために使うアプリケーション、すなわち、「電子原稿用紙」です。

文章を書くために使うアプリケーションといえば、ワード・プロセッサ、エディタ、アウトライナーなどが思い浮かびます。もちろん、同書は、現に存在するこれらのアプリケーショの使い方も解説しています。でも、これらの解説と同時に、同書が熱を込めて語るのが、著者にとっての理想の「電子原稿用紙」、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」です。

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」は、著者の中野明氏にとっての「私が本当に欲しいと思う、究極の電子版原稿用紙」です。『書くためのパソコン』が書かれたの2000年、著者の中野明氏は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢を見ました。

では、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」とは、どんなアイデアなのでしょうか。同書から引用しながら、ポイントをまとめます。

a.「オブジェクト指向ソフトウェア」という発想

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」のベースには、「オブジェクト指向ソフトウェア」という発想があります。これは、オブジェクト指向プログラミングのソフトウェア版で、個々の機能をオブジェクトとして独立させ、ユーザーが自分の好きなようにオブジェクトを組み合わせてソフトウェアを作る、という発想です。

先にもふれたように、従来のソフトはあらゆる機能があらかじめ備わっている。基本的に利用者が不必要な機能をはずしたり、新しい機能を付け加えたりすることはできない。それならばソフトがもつ個々の機能を、オブジェクト指向プログラミングが言うところの「特定の仕事のみ担当するオブジェクト」として独立させ、利用者がこれらを自由に組み合わせてひとつのソフトをつくれるようにすればよい、こういう考えにたどりつく。いわば「オブジェクト指向ソフトウェア」である。

p.143

b.シンプルなエディタ+ミニ・ソフト

(a) 核となるシンプルなエディタ

この考え方を電子原稿用紙に応用したアイデアが、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」です。

このソフトウェアの核には、シンプルなエディタが存在しています。

文章を書くための必要最小限の機能を備えた、シンプルで軽快なエディタです。

では、この考え方を電子の原稿用紙に応用するとどうなるか。それは「オブジェクト型ワード・プロセッサ」とでも呼ぶべきものになる。

オブジェクト型ワード・プロセッサではエディタをソフトの中心として位置づける。この中心ソフトは、先ほどのイベントの例で言うとディレクターに近い存在になる。すでに見たようにエディタは書くために必要最小限の基本機能をもつ。基本機能のみで満足な人はこれだけ利用すればよい。

p.143

(b) ミニ・ソフト

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」のポイントは、核となるエディタに、ユーザーが、自分の好きな機能を追加できるところにあります。

アウトライン機能、図解作成機能、宛名印刷機能、脚注機能などを担う独立したミニ・ソフトを、自分が必要なだけ、好きなように組み合わせ、ひとつのソフトウェアを作るわけです。

ポイントは基本以外の機能である。例えば思考を支援するアウトライン機能、図解作成のための機能、宛名印刷のための機能、脚注挿入機能など、こういう周辺機能はエディタと組み合わせて使うミニ・ソフト(オブジェクト)として開発する。そしてそれらミニ・ソフトをユーザーが必要に応じて本体に組み込めるようにする。これがオブジェクト型ワード・プロセッサの基本的な考え方だ。

pp.143-144

c.オープン・ソースによる生態系

(a) オープン・ソースによるミニ・ソフトの開発

それだけではありません。ミニ・ソフトを生み出す生態系を持っていることが、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の特長です。

すべてのソース・コードを完全に公開する「オープン・ソース」によって、この特長は実現されます。

さらに重要なことがもうひとつある。それはソフトの核となるエディタやミニ・ソフトのソース・コードを完全に公開することだ。

p.144

ソース・コードが公開されていれば、誰もが自分にとって必要なピンポイントの機能を自分のために開発することで、ミニ・ソフトが充実していきます。この積み重ねで、ミニ・ソフトが充実し、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」を自分好みに仕立てるための生態系が生まれるわけです。

さて、話がずいぶん横にそれたが、オブジェクト型ワード・プロセッサでもオープン・ソースを原則とする。そして多くのプログラマーが自由に機能拡張(ミニ・ソフト)の作成に参加できるようにする。そして開発されたミニ・ソフトは特定のサイトに公開されるとよい。オブジェクト型ワード・プロセッサの利用者は、このサイトから好みの機能をダウンロードして、随時バージョン・アップできるようにする。

pp.145-146

(b) ユーザーにとってのメリット

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」は、ユーザーにとって、どのようなメリットがあるでしょうか。

次の3つです。

  • 余計な機能をもつソフトを使う必要がなくなる。自分に必要な機能のみをもつソフトを利用できる。
  • プログラム・サイズも最小限で済むので、ソフトの処理のスピードアップもはかれる。
  • 余計な機能にお金を支払う必要がない。

このようなシステムは利用者にとって大きなメリットがある。まず従来のように余計な機能をもつソフトを使う必要がなくなる。ユーザーは自分に必要な機能のみをもつソフトを利用できるのだ。そのためプログラム・サイズも最小限で済む。結果的にソフトの処理のスピードアップもはかれるだろう。また余計な機能にお金を支払う必要もない。ユーザーにとっては至れり尽くせりのソフトということになる。

p.146

(c) ソフトウェアのあり方に与えるインパクト

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」は、ソフトウェアのあり方にも、大きなインパクトを与えます。

まず、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の潜在ユーザーは膨大です。パソコンを使う人のほとんど全員に広がる可能性があります。

またソース・コードを公開する側にもメリットがある。文章を書くということは、パソコンを利用するほとんどの人が行う。つまりオブジェクト型ワード・プロセッサはパソコンを使うほとんどの人に使ってもらえる可能性がある。しかもこのソフトは様々な機能を付加できる能力をもつ。メール機能や表計算機能、プレゼンテーション機能をこのソフトに持たせることも可能だ。となると利用者はこのソフト1本あれば、あとはオブジェクトを組み合わせることで自分の好みのソフトにすることができる。

p.146

次に、仮に「オブジェクト型ワード・プロセッサ」が、あらゆるOSに対応すれば、ユーザーは、いろんなOSの上で、同じ自分の「オブジェクト型ワード・プロセッサ」を走らせることによって、どんなOSを使っていても、同じような環境を実現できます。

となると、OSの存在感が低くなります。

OSを制するものがソフトウェアを制する、ともいうべき(2000年当時の)ソフト業界の勢力地図を塗り替えるパワーを秘めていると、2000年の中野氏は予言します。

さらにこのオブジェクト型ワード・プロセッサが、あらゆるOSに対応するようになれば、OSの違いなど問題外になる。こうなるとOSの存在感はいやでも低 くなる。そういう意味でオブジェクト型ワード・プロセッサは今のソフト業界の勢力地図を塗り替えるほどのパワーを秘めていると言える。

p.146

【「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢】

まとめると「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢のポイントは、以下のとおりです。

  • 基本的な発想は「オブジェクト指向ソフトウェア」
    • 単体の機能を担うオブジェクトを組み合わせて、自分が求めるソフトを自分で仕立てる
  • 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の構成要素は以下の2つ
    • 核となるシンプルなエディタ
    • 機能を追加するためのミニ・ソフト
  • 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の生態系
    • オープン・ソース
      • エディタとミニ・ソフトのソース・コードは、完全に公開されている
      • ミニ・ソフトは、(エディタ開発元だけでなく、)誰もが自由に開発し、公開できる
    • この仕組みは、ユーザーにとって、以下のメリットがある
      • 自分の必要な機能のみをもつソフトを利用できる
      • 必要な機能のみなので、ファイルサイズが最小限で、処理速度も速い
      • 価格も安い
    • この仕組みは、ソフト業界にとっては、以下のインパクトがある
      • 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」は、ほとんどのパソコンユーザーに広がりうる
      • 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」をベースにすれば、ほとんどすべてのことを実現できる
      • 「オブジェクト型ワード・プロセッサ」は、OSの存在感を下げ、ソフト業界の勢力図を塗り替える

(2) 夢への共感と、その後の10年間

a.夢への共感

大学生の私は、この「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢に共感しました。

いくつかの理由があります。

(a) 道具としての魅力

まず、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という道具に、強く惹かれました。私の好みにぴったりとはまっていたためです。

私は、シンプルなアプリケーションが好きでした。機能を絞り込み、軽快な動作と気持ちのよい操作性を達成したアプリケーションが、私の理想でした。それから私は、自分の道具を自分でカスタマイズすることが、とても好きでした。自分の能力や特性や用途に特化した「自分の道具」を作ることを考えると、心が踊りました。

(b) 思想への共感

次に、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」が寄って立つ思想に共感しました。

多くの人が、自分の具体的な問題を解決するためにピンポイントの機能を追加するソフトを開発し、それが総体として「オブジェクト型ワード・プロセッサ」を強化する、というシステムに、大きな価値を感じました。

また、異なるOSの上で共通の「オブジェクト型ワード・プロセッサ」を走らすことで、OSの存在感を下げ、ソフトウェア業界の勢力地図を塗り替える、という発想に、新鮮な驚きを感じました。

b.夢とは別方向に進んだ10年間

しかし、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢に共感してからの10年間、私が実際に進んだ方向は、それとは別の2つの方向でした。

(a) Wordの方向へ

ひとつめの方向は、Microsoft Wordの方向です。

大学生の頃は、複雑で重たくて使いづらいと感じていたため、あんまり好きではなかったWordでしたが、大学卒業後、急速に使用頻度が上がりました。

理由は、2つあるように思います。

身をおいた環境がWordを求めていたことと、パソコンのスペックが上がり、Wordという軽快ではないアプリケーションでもかなり軽快に動くようになったことです。

使い込んでみると、Wordも捨てたもんではありませんでした。特に、スタイルやショートカットキーを設定したら、かなりの程度、「自分の道具」になりました。

(b) Googleの方向へ

ふたつめの方向は、Googleが示した「あちらがわ」の世界の方向です。

特に、Gmailからは、特大の衝撃を受けました。ネットの「あちらがわ」の世界にデータをおき、ネットの「あちらがわ」にGoogleが用意するアプリケーションを、ブラウザから使う、というコンセプトで、世界が変わったような印象を持ちました。

c.いつの間にか、夢を忘れて

Wordを「自分の道具」にしようとしたり、やGoogleを中心とする「あちらがわ」の世界を探求することに夢中になっているうちに、いつしか、私は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢を、すっかり忘れていたのでした。

2.WorkFlowyによる夢の実現

ところで、今、私が文章を書くために使っているツールは、WorkFlowyです。ブログに書く文章はもちろん、日記や読書ノートやアイデアメモなど、クラウドに保存してもよい文章はすべてWorkFlowyで書いています。

WorkFlowyは、私がこれまでに使ってきたいくつかの文章作成ツールの中で、もっともしっくりきています。WorkFlowyに出会えたことは、本当にすばらしいことです。WorkFlowy開発陣はもちろん、私をWorkFlowyへ導いてくれた何人かの方に、深く感謝しています。

このように、私は毎日WorkFlowyでパタパタと文章を書き続けているのですが、先日、ふと、先ほどの「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢を思い出しました。約10年間すっかり忘れていたのに、突然、思い出しました。

10年ぶりにその夢を引っ張り出してきて、あらためてしげしげとその夢を観察してみたところ、2つのことに気づきました。

ひとつは、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、10年経った今でも、全然色あせず、今でも私をワクワクさせる、ということです。

そしてもうひとつは、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、少なくとも私個人にとっては、WorkFlowyによって、ほとんどぜんぶ現実になっている、ということです。もちろん、すべてではありません。でも、ある面では、現実の方が夢を大きく超えてすらします。

さて、WorkFlowyは、どのように「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢を現実にしたのでしょうか。

(1) シンプルで高性能なWorkFlowyと、そのカスタマイズ

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の基本的な発想と枠組みは、「オブジェクト指向ソフトウェア」という考え方のもと、核となるシンプルなエディタにユーザーが自分の求める機能をミニ・ソフトによって追加していく、というものです。

WorkFlowyは、それ自体がシンプルで高性能なアウトライナーです。そして、「WorkFlowy専用Firefox」というノウハウを使えば、(Firefoxをカスタマイズすることによって、)アドオンやブックマークレットによって、自分の求める機能を追加することができます。

このWorkFlowyのあり方は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」と同じ発想です。

加えて、WorkFlowyは、核となるWorkFlowyの点でも、「WorkFlowy専用Firefox」のカスタマイズの点でも、ある面で、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」を超えています。

それぞれを見ていきます。

a.シンプルで高性能なWorkFlowy

WorkFlowyは、ざっくり言えば、クラウドアウトライナーです。

WorkFlowyは、とてもシンプルで、多機能ではありません。でも、WorkFlowyの基本機能は、実はかなり高いです。普通の使い方をしているかぎり、不自由さを感じることは、ほとんどありません。

こんなシンプルで高性能なクラウドアウトライナーWorkFlowyは、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の中心ソフトとして構想されていたエディタと比較しても、遜色ありません。

さらに、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」のエディタにはない強みも備えています。

まず、WorkFlowyは、クラウドサービスです。データもアプリケーションも、ネットの「あちらがわ」にあります。

それから、WorkFlowyは、ファイル概念を持ちません。すべての文章を「ただひとつの巨大なアウトライン」で管理します。

このため、WorkFlowyは、ただ普通に使うだけで、文章に関する理想的なポケット一つ原則を実現してくれます。

これは、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢が想像すらしなかったことではないかと思います。

b.WorkFlowy専用Firefoxをカスタマイズするためのアドオン&ブックマークレット

WorkFlowy自体は、シンプルな上に、カスタマイズの自由度も限られています。しかし、「WorkFlowy専用Firefox」というノウハウを使えば、カスタマイズの幅は、大幅に広がります。「WorkFlowy専用Firefox」とは、FirefoxをWorkFlowy専用で使うというだけの単純で簡単なノウハウなのですが、これによってアドオンやブックマークレットをWorkFlowyのためだけに注ぎ込めるようになるため、WorkFlowyを好きなようにカスタマイズできるようになるのです。

ちなみに、この中から、私にとって大きな意味を持つカスタマイズを3つ挙げると、

です。

これらのカスタマイズは、単に見た目や操作方法をカスタマイズすることを超えて、新しい機能をWorkFlowyに追加するものです。ミニ・ソフトでエディタを拡張するという発想を実現しています。

また、これらのカスタマイズは、そのほとんどが、無料です。重要な役割を果たす次の4つのアドオンは、すべて無料で手に入れることができますし、ハサミスクリプトやStylishのスタイルも、多くが無料で公開されています。

  • Stylish
  • Tile Tabs
  • ShortcutKey2URL
  • Thumbnail Zoom Plus

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、中心となるウェブサイトでミニ・ソフトを購入するというイメージを描いていましたが、WorkFlowyのカスタマイズは、ウェブ上に存在する無料ノウハウを自分で組み合わせることを基本としますので、もっと自由です。

(2) WorkFlowyの生態系

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢のポイントは、生態系にあります。企業や団体や個人などの様々な主体が、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」に追加する機能を個別に開発し、その総体が「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という存在を育てる、という仕組みです。

WorkFlowyにも、少しずつ、生態系が育ち始めています。その規模はまだ小さなものですが、日々着実に育っています。

a.WorkFlowyを中心とするゆるやかな生態系

(a) WorkFlowy自体の継続的な進化

核となるWorkFlowyは、クラウドサービスのウェブアプリです。そのため、開発陣がネットの「あちらがわ」のプログラムを書き換えることによって、継続的に進化します。

たとえば、最近、WorkFlowyは、「検索結果を引き続き編集できるようになる」という進化を遂げました。また、ずいぶんと前の話ですが、「複数トピックを一度に選択できるようになる」という大きな進化を遂げました。

これからも、WorkFlowyは、いろんな進化を遂げていくはずです。

なお、個人的に大きな期待を寄せているのは、APIの公開です。APIが公開されれば、WorkFlowyと連携するサードパーティアプリが生まれるはずです(EvernoteのPostEverなどのように)。こうなれば、WorkFlowyの生態系は、次の段階へとと進化することでしょう。

(b) ゆるやかに広がるカスタマイズノウハウの集積

WorkFlowyのカスタマイズノウハウにも、生態系が生まれています。ここに働いているのは、「具体的な個人のわがままなニーズを満たす個別的な機能が、別の誰かにとっても役立つ普遍的なものとして、蓄積される」というシステムです。

他方で、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢と少し異なるところもあります。それは、中心を持たない、ということです。

WorkFlowyのカスタマイズノウハウは、現状、ウェブ上に散在しています。ほとんどが個人のブログです。「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ・コンソーシアム」という中心を描いていましたが、WorkFlowyには、いまのところ、これに相当するものが存在しません。

これについて、両面あるように思います。

ひとつは、散在していても不自由しない、という面です。GoogleやSNSがウェブ上にいろんな結び目を作ったおかげで、必要な情報に辿り着くことができます。そして、ノウハウが散在しているために、それぞれのノウハウはそれぞれの場所でそれぞれが勝手に育つ、という状態になっているような気もします。であれば、中心を持たずノウハウが散在していることは、むしろ全体としては好ましいのかもしれません。

他方で、もうひとつの面として、それでも、何らかのフォーラムのようなものがあるとよいのかもしれないな、とも感じます。とりわけ、WorkFlowyに興味を持ち、WorkFlowyのことを調べてみようかな、と思った人に対して、WorkFlowyとはこういうもので、こんなカスタマイズノウハウがあるよ、ということを伝える情報が、一箇所にまとまっているとよいのではないか、と。

個人的には、日本のWorkFlowy界隈でこの役割を果たしうるのは、段差ラ部だと思っています。段差ラ部がWorkFlowyのフォーラムとして機能するために、自分としてはどんな役割を果たせるのか、ちょっと考えてみます。

b.ソフトウェアに与えるインパクト

(a) 個人が自分のノウハウを公開することのメリット

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢は、ミニ・ソフトを公開した個人が、金銭的な対価を得られるという世界を描きました。

これに対して、WorkFlowyを取り巻くFirefoxのアドオンやWorkFlowy活用ノウハウは、ほとんど無料ですし、そうでないものも大変お値打ち価格です。金銭的な対価は、あまり大きくないようです。

では、この世界で、WorkFlowyのノウハウを公開した個人は、どんなメリットを受け取ることができるのでしょうか。

実益のある対価は、ノウハウではないかと思います。ひとつのノウハウを公開することで、他の人から関連する情報の提供があり、公開した以上のノウハウが帰ってきます。

このように、現在のところ、WorkFlowyに関するノウハウやツールを公開することによって金銭的な対価を得られるまでにはなっていません。しかし、ある意味では、それを大きく超える対価を得ることができるのが、WorkFlowyが実現した夢の世界です。

(b) ソフトウェアのあり方

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の夢は、OSの存在感が下がり、ソフト業界の勢力地図が塗り替わる、という世界を描きました。

この現象は、現実に生じました。しかし、この現象を引き起こしたのは、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」ではなく、ウェブブラウザです。主にGoogleによるクラウドサービスが広がったことによって、パソコンを使う多くの人は、ウェブブラウザの上でいろんな作業をするようになりました。ウェブブラウザが、何でもこなせる汎用的なソフトウェアに位置付けられるようになったため、ウェブブラウザの下にあるOSの存在感は下がりました。

WorkFlowyは、ウェブブラウザからウェブサイトにアクセスして使用するクラウドのウェブアプリです。ウェブブラウザの上で動かして何かをする、という点で、ウェブブラウザの存在感向上と、基本的に同じ方向を向いています。

しかし、WorkFlowyの潜在能力は、自らがウェブブラウザの上で動くアプリケーションであることにとどまらないようにも思います。WorkFlowyは、自らがウェブブラウザの上で動くアプリケーションであることを超えて、自らの上でいろんな機能を果たす何かを動かすという、基盤のような役割を担うことだってできる気がします。

つまり、OSの上で何かを動かすことからブラウザの上で何かを動かすように変わってOSの存在感が下がりブラウザの存在感が上がったのと同じように、WorkFlowyの上で何かを動かすようになれば、ブラウザの存在感が下がりWorkFlowyの存在感が上がるということにもなるんじゃないか、ということです。

このとき、WorkFlowyは、その上でいろんな何かを動かすためのOSのような役割を果たしています。

まあ、実際の現状では、OSやブラウザと比較すれば、WorkFlowyはほんのちっぽけな存在です。でも、WorkFlowyの上でいろんな役割を果たすためのアプリケーションやノウハウが生まれ、WorkFlowyの生態系が順調に育っていけば、ひょっとすると、WorkFlowyは、ソフト業界に小さくないインパクトを与えるかもしれません。

3.おわりに(編集後記のような文章)

この「オブジェクト型ワード・プロセッサ」のことを、しばらくの間、私はすっかり忘れていました。また、『書くためのパソコン』という本自体は、何度か引っ越しする過程で処分していたようで、手元には残っていませんでした。そのため、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢が、二度と私の意識に上らず埋没してしまうことも、十分ありえたように思います。

しかし、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、私の記憶の奥底に、大切にしまわれていたようです。WorkFlowyで文章を書くようになり、また、段差ラ部の方々とアウトライナーとは何なのかという意見交換をする中で、この夢は、少しずつ浮上してきました。

中でも、Tak.さんのブログで「文章エディタ」という概念を読んだのは、大きなきっかけでした。この文章を読んで、私は、「何かあったはず」「何か大切な概念があったはず」「何かが思い出されるのを待っている」と感じました。

プログラマーのエディタのような物書きのエディタ:Word Piece >>by Tak.:So-netブログ

WorkFlowyで文章を書くことを続けるうちに、こんな「何かが思い出されるのを待っている」感が日増しに強まっているように感じたため、私は、なんとかしてこの概念を思い出すことを決めました。

漠然とした記憶を頼りに、「エディタ」とか「パソコンで書く」といったキーワードをGoogleに入力しました。また、Amazonでそれっぽい本を探し、片っ端から注文しました。

紆余曲折の末、『書くためのパソコン』が手元に届き、私は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢と再会できました。

読み返してみると、『書くためのパソコン』は、すごく面白い本でした。2000年に発行された本で、パソコンの性能やインターネット活用法などもテーマにしているため、古くなってる情報も少なくありません。しかし、本全体を貫く「パソコンで文章を書くための快適な環境を手に入れる」というコンセプトはもとより、「第6章 電子原稿用紙の使い方」「第7章 アウトライン・プロセッサのすすめ」の内容は、具体的な使い方のレベルで見ても、役に立ちます。

なにより、10年ぶりに再会した「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢は、今でも全然色あせることなく、私を魅了しました。

ふと思いつき、私は、「オブジェクト型ワード・プロセッサ」というキーワードで、ウェブをGoogle検索しました。しかし、「オブジェクト指向プログラミング」の話や、Microsoft Wordの「オブジェクト」の使い方指南ばかりが並び、『書くためのパソコン』が描いた夢の話は、ちっとも出てきません。

私はびっくりしてしまいました。この「オブジェクト型ワード・プロセッサ」というアイデアは、主観的にすごくワクワクするものであるのと同時に、客観的にも正しい方向を言い当てていた言説だと思います。とりわけ、OSの上で走るアプリケーションの役割が増えることによってOSの存在感が下がりソフト業界の勢力地図が塗り替わるという指摘、オープン・ソースによってユーザー本位のソフトウェアが生まれる流れがあるという指摘などは、まさにそのとおりのことが現実になりました。

にもかかわらず、この「オブジェクト型ワード・プロセッサ」についての情報がウェブ上に存在しないことにびっくりした私は、自分で書くことにしました。それが、この記事です。

「オブジェクト型ワード・プロセッサ」という夢に魅力を感じた方は、ぜひ『書くためのパソコン』を入手し、「第6章 電子原稿用紙の使い方」を読んでみてください。

書くためのパソコン (PHP新書)

『書くためのパソコン』には、この「オブジェクト型ワード・プロセッサ」のある世界を描写するためのフィクションが登場します。7ページにわたるこのフィクションは、榊田耕作という37歳のサラリーマンが「オブジェクト型ワード・プロセッサ」と出会い、使いこなす過程を描く物語です。

今からふり返ると、このフィクションのおかげで、私は「オブジェクト型ワード・プロセッサ」についての漠然とした記憶を思い出すことができたような気がします。「オブジェクト型ワード・プロセッサ」の魅力を伝える上で、このフィクションは、うまく機能しています。

そこで、私もこれを真似して、次の機会に、WorkFlowyという文章エディタが実現した世界を書いてみる予定です。想田彩郎という35歳のサラリーマンが、WorkFlowyと出会い、WorkFlowyを文章を書くためのツールとして使うようになる経緯を、理想を交えて、書けたらいいなと思います。

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