店長からのおすすめの一品
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単純作業に心を込める
店長自らが、厨房に立ち、同時に、カウンター越しにお客さんとの会話もしてくれるような、そんな居酒屋が、好きです。
こんな居酒屋で、気が置けない友人とのんびり飲みながら、店長との会話も軽く楽しんで、そのときに店長から教えてもらった「おすすめの一品」をいただくのが、好きです。
私がよいなと思う「店長からのおすすめの一品」は、必ずしも、その居酒屋でいちばんたくさん売れている一品、ではありません。また、必ずしも、その日入ったよい材料を使った一品、でもありません。
私がよいなと思う「店長からのおすすめの一品」は、「よく出る人気商品というわけじゃないんだけど、今朝の仕込みの感覚から、店長として確かな手応えを感じていて、この品を出せることに店長としてのやりがいや幸せを感じる一品」とか、「お客の好みや体調や食事の進み方などを店長なりに考えて、このタイミングでいちばん楽しんでもらえると店長が予想する一品」とか、そういう一品です。
「店長からのおすすめの一品」を出したとき、店長は、カウンターの向こうから、私たちを眺めています。そして、「ああ、まさにこれを求めていたよ」と小確幸を感じている友人と私を見て、ニヤリとうれしそうに笑います。
こんな居酒屋が好きです。
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話は変わりますが、Mr.Childrenが好きです。昔は、ライブにもよく行ってました。印象的なライブはいくつもあって、それぞれ、特にここの流れがいいなあ、というところがあるのですが、その中のひとつに、2009年の『終末のコンフィデンスソングス』ツアーの「つよがり」があります。
このとき、桜井さんは、「つよがり」を「店長からのおすすめの一品」という言葉で紹介しました。曖昧な記憶をたどると、桜井さんは、「ツアーのセットリストを考えてるときから「つよがり」がすごくしっくり来ていい感じだったので、早くみんなに聴いてもらいたかった。」というようなことを話していました。
「つよがり」は、2000年のアルバム『Q』の収録曲です。『Q』は、ちょっと変わった雰囲気を持つアルバムなのですが、私はかなり気に入って、当時は何度も何度もくり返し聴きました。
「つよがり」は、『Q』の中でもキラリと光っていて、ファンも多い一曲です。個人的にも、この曲には私の青春がめいっぱい詰まっていて、思い入れの深い曲です。私にとって「つよがり」といえば、『Q』の「つよがり」です。
ところで、『Q』の2000年から『終末のコンフィデンスソングス』の2009年までの9年間で、Mr.Childrenは変化しました。曲の歌詞やメロディーの雰囲気も変わりましたし、桜井さんの歌い方や使われる楽器も変わったような気がします。
背景にどんな理由があるのか、桜井さんがくぐり抜けたいろんな出来事なのか、世界や社会の変化なのか、それはわかりません。でも、2000年のMr.Childrenと2009年のMr.Childrenは、同じMr.Childrenではありません。
そのこともあって、2009年に『終末のコンフィデンスソングス』ツアーで演奏された「つよがり」は、2000年の『Q』に収録されていた「つよがり」とは、同じではありませんでした。
でも、だからといって、違和感や物足りなさは感じませんでした。『終末のコンフィデンスソングス』ツアーの「つよがり」も、『Q』の「つよがり」と同じくらい、よかったです。「この曲を聴けただけでも、今日来てよかったな。」と自然と腑に落ちるくらいに、「つよがり」は、私に響きました。
「つよがり」が「店長からのおすすめの一品」だと話す桜井さんは、ニコニコ笑っていました。そのニコニコ笑顔の奥には、「どうですか?」「いいでしょ?」というような、強い手応えが秘められている気がしました。
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この「単純作業に心を込めて」というブログで、私は、いろんな文章を公開しています。これらの文章は、そのひとつひとつが、言わば、私の作品です。
文章という作品によって、私は、自分の考えを表現しようとしてます。
ある問いを、自分の課題として抱える。その問いに対して、自分なりの答えと理由を作る。問い、答え、理由という、この一連の過程が、自分以外の誰かに届いてくれるといいなと思って、文章を書いています。
この作品は、いつも未完成です。表現対象の問いも答えも理由も、完璧でなく、完成されていません。文章も、推敲の余地がたくさん残ってる、不完全なものです。
もちろん、その都度、ベストを尽くしてます。言い訳はありません。でも、表現対象の自分の考えが未完成であり、作品の創り手である私自身も変化し続けるので、作品自体も変化し続け、ずっと完成しないのは、仕方ないのかな、と思っています。
そのため、私が書く一連の文章は、暫定的な作品群です。
この意味で、私にとって、「単純作業に心を込めて」は、たくさんの未完成の作品を、暫定的な作品群として、継続的に公開し続けることのできる場所です。
そこでふと考えたことは、暫定的な作品群ということでは、居酒屋の店長さんも、Mr.Childrenも、同じなんじゃないか、ということです。
居酒屋店長が出す一品料理も、Mr.Childrenが演奏する歌も、そのひとつひとつは、未完成の暫定的な作品なんじゃないか、そして、店長にとっての自分のお店や、Mr.Childrenのにとってのアルバムとかツアーとかは、暫定的な作品群を継続的に出し続けることのできる場所なんじゃないか、といことを考えました。
こんなことを考えていたら、居酒屋店長やMr.Childrenの桜井さんが「店長からのおすすめの一品」を出したときに見せる、うれしそうな表情の意味が、なんとなくわかりました。
あの表情は、「店長からのおすすめの一品」を出せることそのもののうれしさです。自分が生み出してきた暫定的な作品群の中で、今、この場で、もっとも価値を発揮するのは、きっとこの作品だと確信し、それを提供する機会を与えられること。これは、作品の創り手にとって、この上ないよろこびです。
と同時に、「いいでしょ? 実際、いいでしょ?」という、自分の感じた確かな手応えに対する自信の現れです。受け手に響くはずと確信して、受け手へと送り出した作品が、どんなふうに受け手に届くのかは、多かれ少なかれ不安なのですが、でも、きっと大丈夫、きっと価値を見出してもらえるはず、という自信。それが、あの「いいでしょ?」という笑顔の裏にあるんじゃないかと感じます。
こんな「店長からのおすすめの一品」を、この「単純作業に心を込めて」でやり続けていけたらいいなと感じます。
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