読者のことを考えるって、こういうことだったのか!結城浩著『数学文章作法 基礎編』(ちくま学芸文庫)
1.『数学文章作法 基礎編』は、考えを読者に伝えることを目的とする文章を書くための、新定番
(1) 結城浩先生(@hyuki)による、正確で読みやすい文章を書く心がけ『数学文章作法 基礎編』
『数学文章作法 基礎編』は、『数学ガール』などで有名な結城浩先生が、「正確で読みやすい文章を書く心がけ」(p.011)を、1冊にまとめた書籍です。
本書『数学文章作法(さくほう) 基礎編』では、 「正確で読みやすい文章を書く心がけ」 をお話しします。 数式まじりの説明文が題材の中心ですが、 説明文を書く人ならどなたにも役立つ内容です。
(書籍『数学文章作法 基礎編』より)
『数学文章作法 基礎編』が扱うのは、「あなたの考えを読者に伝えること」(p.11)を目的とする文章の書き方です。
本書は、あなたがすでに読者へ伝えたい考えを持っていることを前提とし、いかにしてそれを正確で読みやすい文章にするかを学ぶ本なのです。
(p.12)
(2) 「数学」に関係する文章を書くための本ではなく、「数学」を題材にして文章一般に通じる心がけを解説した本
『数学文章作法 基礎編』は、タイトルに「数学」という単語が入っています。このタイトルを読むと、一部の方は、「本書は数学に関連する文章を書くための基礎的な作法を解説した本であって、数学に関係しない文章を書くための本ではないのだろう。」とか、「私は数学が苦手なので、数学を扱った本書には近寄らないでおこう。」という印象をお持ちになるかもしれません(私もそうでした)。
しかし、この本は、「数学」に関係する文章という特殊な文章にのみ通じる作法を扱っているわけではありません。むしろ、この本は、「数学」に関係する文章という特殊な文章の書き方を掘り下げることを手段にして、文章一般に通じる心がけを明らかにしています。
つまり、本書は、「数学」に関係する文章という特殊な文章だけに役立つ心がけを書いた本ではなく、「数学」に関係する文章という特殊な文章を題材とすることで、文章一般に通じる「正確で読みやすい文章を書く心がけ」を、徹底的かつ具体的に、解説した本です。
(3) 考えを読者に伝えることを目的とする文章を書くための、新定番
私は、大学の非常勤講師として、文系学部の4年生を対象とした講義を担当しています。私の講義のテーマのひとつは、レポートや報告書、小論文などの文章、つまり、自分の考えを読者に伝える文章の書き方をトレーニングすることです。
この講義の資料として、私は、「文系学生が、自分の主張を説明する文章を書けるようになるための、必読書とその使い方」というメモを作っています。
先日、『数学文章作法 基礎編』を読んで、私は、大喜びで、このメモを更新しました。これまで、私のメモで、「基礎を学ぶための本」の座にいたのは、最初からずっと、『理科系の作文技術』でした。でも、ついに、『理科系の作文技術』は、『数学文章作法 基礎編』に、その座を明け渡しました。
このように、『数学文章作法 基礎編』は、数学に関係する文章を書く人だけでなく、文系学生も含めて、自分の考えを読者に伝えることを目的として文章を書くすべての人にとって、新しい定番となる本です。
2.読者のことを考えるって、こういうことだったのか!
(1) たった一つの原則=「読者のことを考える」
この本は、正確で読みやすい文章を書くための原則は、「読者のことを考える」(p.012)だといいます。
本書は≪読者のことを考える≫というたった一つの原則を具体化したものといえるでしょう。
(p.012)
正直に申し上げて、最初にこの箇所を読んだとき、私は、「読者のことを考える」をたった一つの原則だという本書に、違和感と物足りなさを感じました。読者のことを考えるというのは、文章を書く上で、いわばあたりまえのことですし、おまけに抽象的です。こんなあたりまえで抽象的なことよりも、もっと本質的で、もっと具体的なことを学びたいのになあ、と思いました。
でも、その考えはまちがいでした。本書を読み進める間、私は何度も、「読者のことを考えるって、こういうことだったのか!」という驚きを感じました。そして、本書を読み終えた今、本書の「読者のことを考える」という原則は、けっしてあたりまえでも抽象的でもなく、とても本質的で具体的な心がけなんだということがわかりました。
(2) 読者のことを考えるって、こういうことだったのか!という驚き
「読者のことを考える」の本質がなんなのか、また、「読者のことを考える」という原則はどのように具体化されるか。これらは、本書を実際に読んでいただけば、一目瞭然です。ぜひ読んでください。
でも、読んでください、だけでは不親切です。何より、私にとって、学びがありません。そこで、私自身が驚いたたくさんの箇所の中から、三つのことをピックアップして、ふり返ります。
a.ここまで読み進めてきた読者は、何を知っているか?
「読者のことを考える」ために、何を考えるべきか? これについて、結城先生は、
・読者の知識-読者は何を知っているか
・読者の意欲-読者はどれだけ読みたがっているか
・読者の目的-読者は何を求めて読むのか
という3つを考える必要がある、と説明します(p.018)。
このうち、「読者の知識-読者は何を知っているか」に関する以下の記述が、特に有益でした。
ところで、読者の知識は不変ではなく変化するものです。実際、あなたが書いた文章を読み進めるあいだもずっと変化しています。最初は√2と有理数について知識がない読者でも、あなたの書いた文章を読み進めて√2について学び、有理数について学んだ段階まで来れば、もう「√2は有理数ではない」という命題を理解できるでしょう。
ですから、文章を書くときには「順序」を意識しなければなりません。あなたの考えをどのような順序で読者に提示するか、これは文章を書く上で本質的な問題です。順序を意識すること、特に「ここまで読み進めてきた読者は何を知っているか」という観点で順序を意識することが極めて重要です。
いわれてみれば、至極もっともなことです。しかし、この箇所を読むまで、私は、「自分の考えを読者に提示する順序を決めるためには、読者の知識が自分の書いた文章によってどのように変化するかを考慮するとよい」ということを、まったく意識していませんでした。
文章は、一次元です。一本の線の上に言葉を並べることによって紡ぐ必要があります。そのため、文章を書く際は、言葉の順序を決めるということが、とても大切です。
この言葉の順序を決めるときに、読者の知識を考慮に入れること、さらに、その箇所まで文章を読み進めてきた読者の知識を考慮に入れることは、有益な指針になります。
この箇所は、「読者のことを考えるって、こういうことだったのか!」という驚きを感じた箇所のひとつです。
b.読者の驚きを最小にする階層
ふたつめは、階層です。
私は、文章に階層をつけるのが好きです。階層は、自分の考えを文章によって表現するための、もっとも使いやすい道具のひとつだと思っています。
そのため、『数学文章作法 基礎編』の第3章が、階層についてかなり丁寧に解説しているのを知り、我が意を得たり!の気持ちでした。これで階層を使って文章を書くことの効果が広まるんじゃないかな、と思って、うれしくなりました。
でも、それだけではありませんでした。階層について、私が今まで考えたこともなかった観点と出会いました。次の一節です。
読みやすい階層を作るとは、読者の驚きを最小にするように書くことでもあります。読者は目次を読んで「きっとこの場所にはこういうことが書いてあるな」と予想します。読みやすい階層を作るというのは、その読者の予想が当たるようにするということです。
(p.069)
「読みやすい階層を作るとは、読者の驚きを最小にするように書くこと」という言葉に、びっくりするとともに、反省しました。
私は、階層を、自分の考えを文章によって表現するための道具として使っていました。階層を使えば、本来一次元である文章に構造をつけることができるので、それだけ、自分の考えを正確に表現することが簡単になります。私が階層を使っていたのは、少なくとも私の主観では、私のためでした。
このような感覚で階層を使っていたため、ともすると、私は、自分がきれいだと感じる階層を追求する、というような姿勢で、階層を作っていたように思います。階層を作るときの私の意識に、読者の驚きを最小限にするという観点は、ありませんでした。
これからは、自分が作った階層が、読者にどんな予想を呼び起こすのかを意識し、読者の中に生まれた予想と自分の階層が一致するように、階層を作っていこうと思います。
c.例によって、概念を描く
『数学文章作法 基礎編』の中で、私がもっとも感動した章は、第5章「例」です。結城先生は、1章まるまる費やして、よい例のつくり方を、懇切丁寧に、手取り足取り、解説してくれます。
この章は、ほんとうに衝撃でしたので、別途、この章だけを取り上げて一つの記事を書きたいなと思っています。今はさしあたり、例で概念を描く、ということを取り上げます。
概念を描く
例は、概念を読者の心に描きます。
自然数の例として1を読者に与えると、読者の心の中には1を中心として自然数のイメージが描かれます。(中略)それは代表的な点をサンプリングして図形を描くのと少し似ています。
自然数ではない例として-1を読者に与えると、読者の心に描かれた自然数という概念のイメージが急に引き締まります。それは、図形を描いてコントラストを上げることに似ています。
概念の境界線上にある例も大切です。それは、図形の縁取りをすることに似ています。
適切な例を挙げるのは、読者の心に概念の姿を正確に描く助けとなるのです。
(p.129)
例を挙げる目的は、わかりやすくするためです。でも、例によってどのようにわかりやすくなるのかということを、私はこれまで、あまり意識していませんでした。例を挙げるときに私が考えていたのは、せいぜい、抽象的な説明をしたら、具体的な例を挙げよう、という程度のことでした。
これに対して、結城先生は、例が果たす機能を、(例を挙げることによって!)とてもわかりやすく説明しています。「例によって、読者の心に概念を描く」ということを意識すれば、例を作ることの意義を深く自覚することができ、例を作る姿勢が、根本的に変わります。
具体的な心がけは、例の基本的なつくり方と、例の配置順序を記載した、次のポイントです。
典型的な例
例には、典型的なものを使いましょう。
(p.118)
極端な例
典型的な例を挙げた後なら、極端な例を追加してみせるのはかまいません。
(p.119)
あてはまらない例
「あてはまる例」と「あてはまらない例」の両方を挙げると読者の理解が深まります。
(p.120)
- 例を挙げるときは、基本的には、典型例を挙げる。へんてこな例を挙げない。
- 極端な例は、典型例を挙げた後で追加するようにする。極端な例が登場してもいいのは、典型例を説明した後。
- 「あてはまる例」と「あてはまらない例」の両方を挙げると、概念がよりはっきりする。「あてはまらない例」が活躍するのは、「あてはまる例」とのセットの場合。
ということです。
本書を読んで、私は、これまでの自分が、例が持つ力を、かなり過小評価していたことに気づかされました。同時に、自分が、よい例のつくり方の点で、まだまだ未熟であることも痛感しました。読者のことを考えて文章を書くために、よい例のつくり方は、練習したいテーマの一つです。
3.おわりに
(1) この記事で言いたかった3つのこと
この記事で言いたかったことは、次の3つです。
- 『数学文章作法 基礎編』は、「数学」という単語が入っていますが、扱っているテーマは、数学と無関係の文章にも通じます。
- 『数学文章作法 基礎編』は、むしろ「数学」という特殊な文章を題材にすることで、文章一般に通じる原則を、大変わかりやすく説明している、すごい本です。
- 『数学文章作法 基礎編』を読むと、「読者のことを考える」という、よく言われる抽象的なお題目を、どのように具体化したらよいのか、よーくわかります。正確で読みやすい文章を書けるようになりたいと願うすべての人に、自信を持っておすすめします。
(2) もっと詳細を知りたい方は、るうさんの記事をどうぞ
私は、『数学文章作法 基礎編』を、るうさん(@ruu_embo)からいただきました。こんな経緯だそうです。ありがとうございます。
実はサイン本をいただく前にこの本を購入していていたので、単純作業に心を込めての 彩郎@irodrawさんに嫁入りさせました。思った通り?気に入っていただけたようでなにより(しめしめ?)です。
(シンプルで伝わる文章を書くために。[結城浩:数学文章作法 基礎編(ちくま学芸文庫)を読んで] | るうマニアSIDE-Bより)
そのるうさんによる本書の紹介記事は、引用箇所のするどさやコメントなど、とてもよい記事です。『数学文章作法 基礎編』購入の踏ん切りがつかない方は、ぜひご一読を。
シンプルで伝わる文章を書くために。[結城浩:数学文章作法 基礎編(ちくま学芸文庫)を読んで] | るうマニアSIDE-B
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