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[『サピエンス全史』を読む]科学革命とそれ以前は、何がちがうのか?(第4部 科学革命・その1)

公開日: :

『サピエンス全史』があまりに面白いので、じっくりと時間をかけて、丁寧に読んでいきます。

今回から、「第4部 科学革命」に入ります。ただ、第4部は盛りだくさんなので、次のとおり、3回に分けます。

  • その1
    • 第14章 無知の発見と近代科学の成立
    • 第15章 科学と帝国の融合
    • 第16章 拡大するパイと資本主義のマジック
  • その2
    • 第17章 産業の推進力
    • 第18章 国家と市場経済がもたらした世界平和
  • その3
    • 第19章 文明は人間を幸福にしたのか
    • 第20章 超ホモ・サピエンスの時代へ

その1が近代科学を機能させる正のフィードバック・ループ、その2が産業革命後の現代社会、その3が人間の幸福と未来、といったところです。

なお、引用はすべて『サピエンス全史 上下合本版』からで、location番号は同書のKindle本によっています。

1.「第4部 科学革命」第14章〜第16章の概要と、今回の問い

(1) 第14章〜第16章の概要

第14章 無知の発見と近代科学の成立

「第14章 無知の発見と近代科学の成立」は、科学革命をもたらしたものと科学革命がもたらしたものを明らかにします。

■ 科学革命がもたらした、過去500年間の発展

科学革命が起きたのは、今から500年前です。その後、人間の力は、圧倒的に広がりました。

過去五〇〇年間に、人間の力は前例のない驚くべき発展を見せた。

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これらの数字を見直してほしい。私たちの人口は一四倍、生産量は二四〇倍、エネルギー消費量は一一五倍に増えたのだ

location 4652

では、科学革命をもたらしたのは、いったい何なのでしょうか。進んで無知を認める意志、それも、集団的無知を認める意志だ、というのが、『サピエンス全史』の回答です。

■ 科学革命をもたらした近代科学の特色

近代科学には、3つの特色があります。

a 進んで無知を認める意志

第1に、進んで無知を認める意志です。

近代科学は、私たちがすべてを知っているわけではないという前提に立つ。それに輪をかけて重要なのだが、私たちが知っていると思っている事柄も、さらに知識を獲得するうちに、誤りであると判明する場合がありうることも、受け容れている。いかなる概念も、考えも、説も、神聖不可侵ではなく、異議を差し挟む余地がある。

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しかも、この無知は、単に特定の個人が知らない、という個人の無知ではなく、サピエンスという集団全体が知らない、という、集団的無知なのです。

b 観察と数学の中心性

第2に、新しい知識の獲得を達成するための手段として、観察と数学を中心に置きます。

近代科学には教義はない。とはいえ、共通の核となる研究の方法はある。そうした方法はみな、経験的観察結果(少なくとも私たちの五感の一つで観察できるもの)を収集し、数学的ツールの助けを借りてそれをまとめることに基づいている。

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c 新しい力の獲得

第3に、新しい知識を、新しい力を獲得するために活用します。

近代科学は、説を生み出すだけでは満足しない。近代科学はそれらの説を使い、新しい力の獲得、とくに新しいテクノロジーの開発を目指す。

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今では、科学とテクノロジーの結びつきは当然です。しかし、科学革命以前は、科学とテクノロジーは別々のものであり、必ずしも結びついていなかった、ということです。

一般的に言って、近代以前の支配者や事業者のほとんどは、新しいテクノロジーを開発するために森羅万象の性質についての研究に資金を出すことはなかったし、ほとんどの思想家は、自らの所見をテクノロジーを利用した装置に変えようとはしなかった。

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■ 科学革命による進歩への信頼

科学革命以前、人々は、未来が過去よりもよくなる、ということを信じていませんでした。黄金時代は過去にある、と考えていたのです。

科学革命以前は、人類の文化のほとんどは進歩というものを信じていなかった。人々は、黄金時代は過去にあり、世界は仮に衰退していないまでも停滞していると考えていた。

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これに対して、科学革命後、人類は、未来を信じるようになりました。進歩への信頼を生んだのは、科学革命です。

近代の文化は、まだ知られていない重要な事柄が多数あることを認め、そのような無知の自認が、科学の発見は私たちに新しい力を与えうるという考え方と結びついたとき、真の進歩はけっきょく可能なのではないかと人々は思い始めた。解決不可能のはずの問題を科学が一つまた一つと解決し始めると、人類は新しい知識を獲得して応用することで、どんな問題もすべて克服できると、多くの人が確信を持ちだした。

location 4984

■ 科学革命のフィードバックループ

科学の進歩は、科学・政治・経済の相互支援によって実現されました。

科学革命のフィードバック・ループ。科学が進歩するには、研究だけでは十分ではない。進歩は、科学と政治と経済の相互支援に依存している。政治と経済の機関が資源を提供する。それなしでは科学革命はほぼ不可能だ。援助のお返しとして、科学研究は新しい力を提供する。その用途の1つが、新しい資源の獲得で、得られた資源の一部が、またしても研究に投資される。

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「第15章 科学と帝国の融合」は、科学と政治の相互支援関係を解説します。

「第16章 拡大するパイと資本主義のマジック」は、科学と経済の相互支援関係を解説します。

第15章 科学と帝国の融合

■ ヨーロッパ帝国の潜在能力

近代以降、ヨーロッパは、世界を征服しました。では、なぜ、ヨーロッパだったのでしょうか。『サピエンス全史』は、ヨーロッパの社会が育んだ潜在能力だと指摘し、これを塔の建設にたとえます。

このように説明すれば、一五〇〇年から一八五〇年にかけての時代が新たな形で浮かび上がってくる。

この時代、ヨーロッパはアジアの列強に対してテクノロジー、政治、軍事、経済のどの面でも明らかな優位性を享受していたわけではなかったが、それでもヨーロッパは独自の潜在能力を高めていき、その重要性は一八五〇年ごろに突如として明らかになった。

一七五〇年にはヨーロッパと、中国やイスラム教世界は、一見すると対等に見えたが、それは幻想だった。

二人の建築者を想像してほしい。それぞれ非常に高い塔をせっせと建設している。建築者の一人は木と泥レンガを使い、もう一人は鋼鉄とコンクリートを使っている。最初は両者の工法にあまり違いはないように見える。両方の塔が同じようなペースで高くなり、同じような高さに到達するからだ。

ところが、ある高さを超えると、木と泥の塔は自らの重さに耐えられず崩壊する一方で、鋼鉄とコンクリートの塔ははるかに仰ぎ見る高さまで階を重ねていく。

location 5325

この潜在能力とは、具体的には、近代科学と近代資本主義を意味します。

ヨーロッパは、近代前期の貯金があったからこそ近代後期に世界を支配することができたのだが、その近代前期に、いったいだどのような潜在能力を伸ばしたのだろうか?

この問いには、互いに補完し合う二つの答えがある。

近代科学と近代資本主義だ。ヨーロッパ人は、テクノロジー上の著しい優位性を享受する以前でさえ、科学的な方法や資本主義的な方法で考えたり行動したりしていた。そのため、テクノロジーが大きく飛躍し始めたとき、ヨーロッパ人は誰よりもうまくそれを活用することができた。

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■ 新しい知識と新しい世界を求めて

ヨーロッパ帝国と近代科学は、共通の精神構造を持っています。自らの外に出て、新しいものを獲得することに対する願望です。

両者とも、外に出て行って新たな発見をせずにはいられなかった。そして、そうすることで獲得した新しい知識によって世界を制するという願望を持っていたのだ。

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近代の科学と帝国は、水平線の向こうには何か重要なもの、つまり探索して支配するべきものが待ち受けているかもしれないという、居ても立ってもいられない気持ちに駆り立てられていた。

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今から考えると、特別な精神構造ではないような気もします。しかし、近代以前の帝国は、新しい知識の獲得にも、自らから遠く離れた地域の制服にも、それほど興味を示しませんでした。

それ以前の帝国における探求者は、自分はすでこの世界を理解していると考えがちだった。

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■ 帝国と科学の結びつき

帝国と科学の結びつきは、動機の共通性だけではありません。事業としても、分かちがたく結びついていました。

科学と帝国の結びつきには、それよりもはるかに深いものがあった。動機が同じだっただけではなく、帝国を築く人たちの慣行と科学者の慣行とは切り離せなかったのだ。近代のヨーロッパ人にとって、帝国建設は科学的な事業であり、科学の学問領域の確立は帝国の事業だった。

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帝国という事業が科学という事業を援助した理由は、

  • 実用的な理由(科学の事業によって獲得した力を帝国の事業に活かす)
  • イデオロギー上の理由(科学によって帝国の事業を正当化できた)

という2つです。

だが帝国が言語学や植物学、地理学、歴史学の研究に資金提供したのは、このような実用面での利点だけが理由ではない。それに劣らず重要な要因として、帝国が科学によってイデオロギーの面で自らを正当化できたという事実が挙げられる。

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第16章 拡大するパイと資本主義のマジック

■ 想像力が切り開く成長

『サピエンス全史』「第16章 拡大するパイと資本主義のマジック』は、資本主義の本質とメカニズムをわかりやすく解き明かしてくれます。

最初に押さえておくべきは、資本主義の本質が「成長」にある、ということです。

だが経済の近代史を知るためには、本当はたった一語を理解すれば済む。その一語とはすなわち、「成長」だ。

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「成長」とは、何でしょうか。ひとつの具体例は、あるひとりの人間(マクドーナッツ夫人)が、新しくベーカリーをオープンし、ケーキを焼いて人々に提供する、ということです。これによって、人々は新たにベーカリーのケーキを楽しめますし、マクドーナッツ夫人はケーキの販売から利益を得ます。beforeとafterを比較すればベーカリーオープン後のほうが選択肢が広がり、利益が増えていますので、成長だといえます。

ところが、マクドーナッツ夫人がベーカリーを開くには、元手が必要です。でも、ベーカリーがなければ、ケーキを焼けませんので、お金を稼ぐことができません。マクドーナッツ夫人は苦境に立たされてしまい、成長は実現されません。袋小路です。

それでは我らが起業家は苦境に立たされてしまう。

店がなければマクドーナッツ夫人はケーキを焼けない。

ケーキを焼けなければ、お金を稼げない。

お金を稼げなければ、建設業者を雇えない。

建設業者を雇えなければ、ベーカリーを開くことはできない。

人類は何千年もの間、この袋小路にはまっていた。その結果、経済は停滞したままだった。

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資本主義は、この袋小路を解消しました。将来への信頼に基づく信用という制度によって、です。

近代に入ってようやく、この罠から逃れる方法が見つかった。将来への信頼に基づく、新たな制度が登場したのだ。

この制度では、人々は想像上の財、つまり現在はまだ存在していない財を特別な種類のお金に換えることに同意し、それを「信用」と呼ぶようになった。

この信用に基づく経済活動によって、私たちは将来のお金で現在を築くことができるようになった。

信用という考え方は、私たちの将来の資力が現在の資力とは比べ物にならないほど豊かになるという想定の上に成り立っている。

将来の収入を使って、現時点でものを生み出せれば、新たな素晴らしい機会が無数に開かれる。

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■ 信用を可能にしたもの

資本主義が誕生してから、社会の成長が加速したのは、周知の事実です。では、なぜ、近代に至るまで、信用という考え方が広がらなかったのでしょうか。なぜ、サピエンスは、長い長い間、袋小路で足踏みをしていたのでしょうか。

それは、将来に対する信頼がなかったためです。

近代以前の問題は、誰も信用を考えつかなかったとか、その使い方がわからなかったとかいうことではない。あまり信用供与を行なおうとしなかった点にある。

なぜなら彼らには、将来が現在よりも良くなるとはとうてい信じられなかったからだ。

概して昔の人々は自分たちの時代よりも過去のほうが良かったと思い、将来は今よりも悪くなるか、せいぜい今と同程度だろうと考えていた。

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つまり、近代以前の経済は、

将来を信頼しない

信用がほとんど発生しない

経済成長が遅い

将来を信頼しない

location 5900

という悪循環だったのです。

これは、誰にとっても不利な状況だった。

信用が限られていたので、新規事業のための資金を調達するのが難しかった。

新規事業がほとんどなかったので、経済は成長しなかった。

経済が成長しなかったので、人々は経済とは成長しないものだと思い込み、資本を持っている人々は相手の将来を信頼して信用供与をするのをためらった。

こうして、経済は沈滞するという思い込みは現実のものとなった。

location 5858

これに対して、科学革命以後、将来が今よりもよくなることが多くなってきました。将来がよくなることが多くなれば、将来への信頼が生まれます。将来の信頼が生まれれば、信用を活用できるようになります。信用を活用できれば、成長への道が開かれ、将来はもっとよくなります。そして、将来への信頼はさらに増える、というわけです。

将来を信頼する

信用が盛んに発生する

経済成長が速い

将来を信頼する

location 5900

このようにして、マクドーナッツ夫人は、めでたくベーカリーをオープンしてケーキを焼くことができ、人々はケーキを楽しみ、マクドーナッツ夫人は利益を得ます。

近代経済の魔法の循環

将来を信頼する

信用が発生する

建設業者に支払う

新しいベーカリーを開く

ケーキを焼いてローンを返済する

将来を信頼する

location 5848

このように、資本主義は、将来の信頼を経由して、科学革命に多くを負っています。

■ 資本と帝国

資本主義は、帝国とも結びついています。信用制度をうまく活用できるかが、帝国の力に直結するようになりました。

スペインとオランダの競争を見れば、このことは明らかです。

年月がたつうちに、西ヨーロッパでは高度な金融制度が発達し、短期間で多額の信用供与を募り、それを民間の起業家や政府が自由に使えるようになった。この制度はどんな王国や帝国よりもはるかに効率的に、探検や征服に資金を提供できた。新たに発見された、信用制度が持つこの力は、スペインとオランダの間の激しい争いにも見て取れる。

location 6015

オランダ人の成功の秘密は、信用だった。

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オランダ人は、具体的にはどのようにして金融制度の信頼を勝ち取ったのか?

第一に、彼らは貸付に対して期限内の全額返済を厳守し、貸し手が安心して信用供与が行なえるようにした。

第二に、オランダの司法制度は独立を享受し、個人の権利、なかでも私有財産の権利を保護した。

資本は、個人とその財産を守れない専制的な国家からは流出し、法の支配と私有財産を擁護する国家に流れ込む。

location 6035

(2) 今回の問い

今回の問いは、

近代科学とそれ以前は、何がちがうのか?

にしてみました。

『サピエンス全史』によれば、認知革命以後、サピエンスの脳の性能は変わっていません。であれば、大昔から、サピエンスには、森羅万象に対する好奇心が備わっていたはずです。現に、科学革命以前も、世界に対する考察や理論は延々と積み重ねられてきました。

それにもかかわらず、500年前の科学革命より前と、科学革命以後とは、何かが決定的に違います。

それはいったい、何なのでしょうか?

2.『サピエンス全史』の回答

科学革命とそれ以前は、何がちがうのか?

『サピエンス全史』の回答は、ざっくりいえば、科学・帝国・資本主義のフィードバック・ループが揃ったから、となります。約500年前、初めてすべてのピースが揃ったことで、科学革命は実現しました。

科学革命のフィードバック・ループ。科学が進歩するには、研究だけでは十分ではない。進歩は、科学と政治と経済の相互支援に依存している。

政治と経済の機関が資源を提供する。それなしでは科学革命はほぼ不可能だ。援助のお返しとして、科学研究は新しい力を提供する。

その用途の1つが、新しい資源の獲得で、得られた資源の一部が、またしても研究に投資される。

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このフィードバック・ループを概観します。

(1) 近代科学の方法

まず、前提となるのが、近代科学の方法です。

科学革命が革命たる理由は、近代科学に、それ以前のサピエンスによる認識活動とは大きく異なる、次の3つの特徴が備わっていたことにあります。

  • 集団的無知を進んで認める
  • 観察と数学を中心に置く
  • 獲得した知識を新しい力に結びつける

a.集団的無知を進んで認める

集団的無知とは、

  • サピエンスの集団全体が、
  • 重要なことについて、

無知である、ということです。

  • ある個人が、重要なことについて無知である
  • サピエンスの集団全体が、重要でないことについて無知である

ということを認めるだけにとどまらず、集団的無知を進んで認めることが、近代科学の要諦です。

集団的無知を進んで認めることによって、近代科学の知識は、ダイナミックで、柔軟で、探求的になりました。

進んで無知を認める意思があるため、近代科学は従来の知識の伝統のどれよりもダイナミックで、柔軟で、探究的になった。そのおかげで、世界の仕組みを理解したり新しいテクノロジーを発明したりする私たちの能力が大幅に増大した。

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b.観察と数学を中心に置く

近代科学は、その方法論の中心に、観察と数学を置いています。

観察を重視する理由は、過去からの伝統的な知識が不十分だからです。新しい知識を獲得するには、伝統を学ぶよりも、物事を観察する必要があります。

だが近代の人々は、いくつかの非常に重要な疑問の答えを知らないことを認めるようになると、完全に新しい知識を探す必要を感じた。その結果、近代の支配的な研究方法は、古い知識は当然不十分だと見なす。古い伝統を研究する代わりに、今や重点は新しい観察や実験に置かれている。現在の観察結果が過去の伝統と衝突したときには、観察結果が優先される。

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数学が必要となるのは、観察結果をまとめて包括的な説にするためです。

とはいえ、ただの観察結果は知識とは違う。森羅万象を理解するためには、観察結果をまとめて包括的な説にする必要がある。従来の伝統はたいてい、自らの説を物語の形で組み立てた。一方、近代科学は数学を使う。

location 4793

物語ではなく数学によって説を組み立てるメリットのひとつは、あるひとつの説に当てはまらない現象が観察されたとき、別の説の発見という革命につながる可能性があることです。ニュートンの法則に当てはまらない観察結果が相対性理論へとつながったことが、この一例となります。

一九世紀の終わりごろになってようやく、科学者たちはニュートンの法則にうまく当てはまらない観察結果にいくつか遭遇し、それが物理学における次の革命、すなわち相対性理論と量子力学へとつながった。

location 4810

近代科学は、いわゆる理系の学問分野だけでなく、あらゆる学問分野において、数学を必須とします。数学は、近代科学の基礎言語なのです。

逆に、ますます多くの学生が数学を学ぶよう動機づけられ(あるいは強制され)ている。そこには、精密科学へと向かう、抗い難い潮流が見られる(「精密」とは、数学的ツールの使用を意味する)。人間の言語の研究(言語学)や人間の心の研究(心理学)といった、伝統的に人文科学に含まれていた研究分野でさえ、しだいに数学に頼り、自らを精密科学として提示しようとしている。

統計学の講座は今では物理学と生物学だけではなく、心理学や社会学、経済学、政治学でも基本的な必修科目になっている。

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c.獲得した知識を新しい力に結びつける

近代科学は数学的言語で組み立てられていますので、多くの人にとって、理解できません。しかしそれでも近代科学が圧倒的な支持を集めているのは、近代科学が現にうまく機能するからです。近代科学は、私たちに、新しい力を与えてくれます。

たいていの人が近代科学を消化するのに苦労するのは、そこで使われる数学的言語が、私たちの心には捉えにくく、その所見が常識に反することが多いからだ。

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それでも科学がこれほどの声望を欲しいままにしているのは、それが私たちに新しい力を与えてくれるからだ。

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このように、獲得した知識を新しい力に結びつけることも、近代科学の大きな特徴です。

(2) 近代帝国と近代科学

こんな近代科学との間でフィードバック・ループを形成している存在のひとつめが、近代帝国です。近代帝国と近代科学との相互支援関係は、

  • 近代帝国と科学革命は、同じ精神構造を共有する。
  • 帝国の事業と科学の事業の間には、相互支援関係がある。

の2つです。

a.精神構造

近代帝国と近代科学は、「探検と征服」という同じ精神構造を共有しています。これを象徴するのが、空白のある地図です。15世紀から16世紀にかけて、ヨーロッパ人は、空白の多い世界地図を描き始めました。そして、この空白部分を埋めようとし始めたのです。

空白のある地図は、「集団的無知を積極的に認める」という科学革命第1の特徴とつながっています。

一五世紀から一六世紀にかけて、ヨーロッパ人は空白の多い世界地図を描き始めた。ヨーロッパ人の植民地支配の意欲だけでなく、科学的な物の見方の発達を体現するものだ。空白のある地図は、心理とイデオロギーの上での躍進であり、ヨーロッパ人が世界の多くの部分について無知であることをはっきり認めるものだった。

location 5407

この共通精神構造のもと、近代科学は、埋めるべき知識を埋めようとし、近代帝国は、知らない土地を征服しようとしました。

これ以降、ヨーロッパでは地理学者だけでなく、他のほぼすべての分野の学者が、後から埋めるべき余白を残した地図を描き始めた。自らの理論は完全ではなく、自分たちの知らない重要なことがあると認め始めたのだ。

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ヨーロッパ人は、地図上の空白の部分に、それが磁石であるかのように惹きつけられ、さっさとそれらの部分を埋め始めた。

location 5449

b.相互支援関係

近代帝国と近代科学は、事業としても結びついています。帝国が科学の事業を支え、科学が帝国の事業を支える、という相互支援関係です。

近代科学は、テクノロジーと結びついています。新しい知識の発見は、新しい力の獲得をもたらします。こうして近代科学が獲得した新しい力は、帝国の事業(世界の空白部分の征服)を支えました。

この見返りに、帝国は科学の事業を支援しました。科学の事業には、お金が必要です。このお金を提供した存在のひとつが、帝国です。

こうして、科学の力によって事業を進めた帝国が、事業によって獲得したお金で科学の事業を支援し、帝国の支援によって事業を進めた科学が、事業によって獲得した知識と力で帝国の事業を支援する、という相互支援関係が回りました。

(3) 資本主義と近代科学

近代科学とのフィードバック・ループを形成しているのは、近代帝国だけではありません。資本主義と近代科学との間にも、正のフィードバック・ループが存在します。

  • 近代科学が、将来への信頼を生み出す
  • 将来の信頼が、信用制度を生み、資本主義を機能させる
  • 資本主義が、近代科学に、資源(お金)を提供する
  • 科学革命が、より大きな将来への信頼を生み出す
  • より大きな信頼が、より大きな信用制度を生み、よりうまく資本主義を機能させる
  • ・・・

フィードバック・ループのカギは、将来への信頼です。

科学革命以前の社会には、将来への信頼がありませんでした。未来は今よりもよくなるもの、ではなかったのです。

将来の信頼がないと、経済はうまくまわりません。

近代以前の経済

将来を信頼しない

信用がほとんど発生しない

経済成長が遅い

将来を信頼しない

location 5900

仮に、ベーカリーをオープンしてケーキを焼きたいと思う起業家が現れても、ベーカリーを開くための資金を確保できず、そもそもベーカリーのオープンにもたどり着けないわけです。

起業家のジレンマ

ベーカリーを開けない

ケーキを焼けない

お金を稼げない

建設業者を雇えない

ベーカリーを開けない

location 5848

そのため、科学革命以前は、資本主義が機能するためのメカニズムが欠けていました。

これに対して、科学革命は、将来への信頼を生みました。すると、こうなります。

近代の経済

将来を信頼する

信用が盛んに発生する

経済成長が速い

将来を信頼する

location 5900

起業家マクドーナッツ夫人は、信用制度によってベーカリーをオープンするための資金を用意することができますので、ベーカリーでケーキを焼いてお金を稼ぐことができます。

近代経済の魔法の循環

将来を信頼する

信用が発生する

建設業者に支払う

新しいベーカリーを開く

ケーキを焼いてローンを返済する

将来を信頼する

location 5848

こうして機能する資本主義は、ますます多くの資金を科学に支援します。

これが、近代科学と資本主義の正のフィードバック・ループです。

3.考えること3つ

さて、以上の箇所を読んで考えたのは、次の3つです。

(1) 「無知の知」よりも「集団的無知」

ひとつめ。

「無知の発見が近代科学を生み出した」という指摘を、とても面白く感じました。とりわけ衝撃を受けたのは、個人の無知ではなく集団的無知、という点です。

古今東西、ソクラテスなどのいう「無知の知」が大切だと言われてきました。でも、ここでいわれている「無知の知」は、個々人の無知を対象としていて、個々人が持つべき知の姿勢のようなものを教え諭すことに眼目があるように思います。謙虚になれよ、と。

これに対して、『サピエンス全史』が指摘する「無知の発見」は、サピエンスの集団全体が無知である、という「集団的無知」です。この「集団的無知」というものの見方は、個々人に対し、これまでの知に対する敬意を抱かせるのと同時に、これからの知が切り開くべきフロンティアを指し示します。

「無知の知」よりもずっとよいと、私は思いました。

(2) メタ技術としての科学的方法

ふたつめ。

観察と数学が近代科学の方法である、という指摘に、納得しました。

関連して、2冊の本を思い出しました。

ひとつは、『学びとは何か』です。

学びとは何か-〈探究人〉になるために (岩波新書)

認知科学の成果を踏まえて、学びについて考察する本です。

同書には、認知科学の実験が、多数、紹介されています。実験結果だけでなく、実験の手順や計測方法なども、丁寧に説明されています。たとえば、人間の赤ちゃんが物体の物理的な性質についての直観的理解を持っていることを明らかにするための実験が紹介されていましたが、どのような実験を行い、どのような結果が観察され、その観察結果がいかなる理由で何を意味するのか、などについて、かなり丁寧に説明されていました。

「学びとは何か?」という主テーマについての考察も見事でしたが、それと同時に、私は同書から認知科学の実験手法や方法論を学びました。

もう一冊は、『系統樹思考の世界』です。

系統樹思考の世界 すべてはツリーとともに (講談社現代新書)

同書に、アブダクションという方法が紹介されています。アブダクションとは、観察データのもとでどの理論が「より良い説明」を与えてくれるかを相互比較することによる推論形式です。

理論の「真偽」を問うのではなく、観察データのもとでどの理論が「より良い説明」を与えてくれるのかを相互比較する──アブダクション、すなわちデータによる対立理論の相対的ランキングは、幅広い科学の領域(歴史科学も含まれる)における理論選択の経験的基準として用いることができそうです。

location 567 『系統樹思考の世界』

アブダクションをめぐる同書の解説は、要するに、科学的方法というものを解説していたのだろうと、今更ながら、理解しました。

科学革命が確立した科学の方法論自体が、それによって人類が獲得した個々の知識と同じかそれ以上に、重要なものなのかもしれません。

(3) 知の進歩への信頼

みっつめは、将来への信頼に関連して。

将来への信頼をカギとしてフィードバック・ループが完成した、という指摘に、ワクワクしました。私は、こういう話がとても好きです。

同じようなことを、知の世界にも感じました。つまり、知の進歩への信頼です。

『ノルウェイの森』に、永沢さんという魅力的な男が登場します。いろいろな名言を残した彼ですが、死後30年を経ていない作家の本は手に取ろうとしないことについての一言は、こんなんです。

現代文学を信用しないというわけじゃない。

ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄にしたくないんだ。

人生は短い。

『ノルウェイの森』

私の読書方針は永沢さんとは全然違います。でも、永沢さんの言いたいことは分かります。そのほうが望ましいと感じていました。

何かをきちんと学ぶなら、ベストは古典を読むこと。時の洗礼を受けた古典には、大事な点が多く含まれているのだから、最先端の議論を負うよりも古典を読むほうが間違いない。

完全に実践するのは難しいにせよ、確実なのは最新作よりも古典である、というのが、これまで私が大事にしていた感覚でした。

これも一理あるとは思います。

しかし、古典のほうが確実、というこの感覚は、ひょっとすると、あまり進歩を信頼していない考え方なのかもしれません。

実際には、知は進歩してきました。科学革命の性格を考えれば、これからも進歩していくと考える方が自然です。知の進歩は年単位で進むでしょうし、10年経てばきっと別次元の進歩を遂げています。

であれば、古典を信頼するだけでなく、知の進歩も信頼し、現役で活躍する知の最先端に関心を持っておくほうがよさそうです。

さしあたり、今の私は、生命の進化、ブロックチェーン、人間社会における信頼、あたりに関心を持っています。

いずれにせよ、サピエンスの集団全体による、集団的無知と科学の方法のもとで新しい知を獲得していく営みを信頼し、新しい知に対して開放的であろうと思います。

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    彩郎 @irodraw 
    子育てに没頭中のワーキングパパです。1980年代生まれ、愛知県在住。 好きなことは、子育て、読書、ブログ、家事、デジタルツールいじり。
    このブログは、毎日の暮らしに彩りを加えるために、どんな知恵や情報やデジタルツールがどのように役に立つのか、私が、いろいろと試行錯誤した過程と結果を、形にして発信して蓄積する場です。
    連絡先:irodrawあっとまーくtjsg-kokoro.com

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