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「枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方に関連する2つのメタファー

公開日: : 書き方・考え方

1.「文章群を書き続ける」によって、自然と身についた、文章の書き方

大学生の頃から、「文章を書く」ことを大切に考え、続けてきました。

でも、今から4年前にこのブログを始めたことで、「文章を書く」ことは、それ以前とは比較にならないほどの力を発揮し出しました。秘密は、「文章群を書き続ける」にあります。

「文章群を書き続ける」という積極的な社会参加のあり方

「文章群を書き続ける」とは、「作品として完成した文章を書き上げることを目指して、複数の文章を、期間の限定なく、書き続ける」ということを意味しています。自分のブログを持ち、そこに公開するための記事を書き続けることは、「文章群を書き続ける」の典型です。

「文章群を書き続ける」ということから受け取ったものはたくさんありますが、その中のひとつが、「文章になる枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方です。

文章になる枠の外に、混沌さを排出する、という文章の書き方

完成した文章は、高い秩序を持っています。この高い秩序状態を、文章を書き出す前に十分に秩序を設計してから書くことによってではなく、文章になる枠の外に混沌さを排出することによって実現するのが、「文章になる枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方です。

この書き方で文章を書くと、新しい考えが浮かんだり、複数の情報をつなげることができたりと、新しい価値を生み出すことができるため、私はこの書き方を、自由で広がりのある文章の書き方だと思い、とても気に入っています。

とはいえ、効果的な書き方だと考え、意図的に身につけたわけではありません。「文章群を書き続ける」を実践していたら、自然と、この書き方が身につきました。

「文章になる枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方は、「文章群を書き続ける」ということを実践し続けることから、私が受け取ったとても大切なことのうちのひとつです。

2.「文章になる枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方のメタファー

先日、この「文章になる枠の外に混沌さを排出する」という文章の書き方の意義などを、次のブログ記事を書くことによって、考えました。

文章になる枠の外に、混沌さを排出する、という文章の書き方

その際、2つのエピソードを連想しました。いずれも、文章の書き方とは、まったく関係がありません。でも、「枠の外に混沌さを排出する」というあり方で、共通します。

文章の書き方との関係では、メタファーです。この2つのメタファーを、ひとつずつ、紹介します。

(1) 『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

ひとつめは、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。

「世界の終り」は、壁に囲まれた閉じた世界です。冬は厳しいけれど、誰も傷つけあわないし争わず、平等で、他人をうらやむこともありません。

「ちょっと待って。最後まで言わせてくれ。かつての僕自身が何だったかは忘れてしまったけれど、今の僕自身はこの街に愛着のようなものを感じはじめているんだ。図書館で知りあった女の子にひかれているし、大佐も良い人だ。獣を眺めるのも好きだ。冬は厳しいけれど、その他の季節の眺めはとても美しい。ここでは誰も傷つけあわないし、争わない。生活は質素だがそれなりに充ち足りているし、みんな平等だ。悪口を言うものもいないし、何かを奪いあうこともない。労働はするが、みんな自分の労働を楽しんでいる。それは労働のための純粋な労働であって、誰かに強制されたり、嫌々やったりするものじゃない。他人をうらやむこともない。嘆くものもいないし、悩むものもいない」

「金も財産も地位も存在しない。訴訟もないし、病院もない」と影はつけ加えた。「そして年老いることもなく、死の予感に怯えることもない。そうだね?」

僕は肯いた。「君はどう思う? 僕がこの街を出ていかなくちゃならない理由がいったいどこにあるんだろう?」

「そうだな」と影は言って毛布の中から手を出して、指で乾いた唇をこすった。「君の言うことは一応の筋がとおっている。そんな世界があるとすれば、それは本当のユートピアだ。僕がそれについて反対する理由は何もない。君は君の好きにすればいいさ。

p.218

完全な世界。完全なまま永久に秩序を保ち続ける世界のように見えます。しかし、原理上、エントロピーは常に増大します。それにもかかわらず、「世界の終り」は、どのように完全さを保っているのでしょうか?

「まず第一に、これは中心になる命題なんだが、完全さというのはこの世には存在しない。この前も言ったように永久機械が原理的に存在しないのと同じようにだ。エントロピーは常に増大する。この街はそれをいったいどこに排出しているんだろう?」

p.219

この理由、「世界の終り」が完全な世界として成立し続けている理由に、「枠の外に混沌さを排出する」というあり方が関係してきます。

前提として、まず、「世界の終り」の完全さは、心をなくすことで成立しています。

「この街の完全さは心をなくすことで成立しているんだ。心をなくすことで、それぞれの存在を永遠にひきのばされた時間の中にはめこんでいるんだ。だから誰も年老いないし、死なない。まず影という自我の母体をひきはがし、それが死んでしまうのを待つんだ。影が死んでしまえばあとはもうたいした問題はない。日々生じるささやかな心の泡のようなものをかいだしてしまうだけでいいのさ」

p.219

しかし、影という自我の母体を殺しても、日々の中で、ささやかな心の泡のようなものが生じます。その心は、獣によって、壁の外に運び出されます。

「じゃあ教えてやる。心は獣によって壁の外に運び出されるんだ。それがかいだすということばの意味さ。獣は人々の心を吸収し回収し、それを外の世界に持っていってしまう。そして冬が来るとそんな自我を体の中に貯めこんだまま死んでいくんだ。彼らを殺すのは冬の寒さでも食料の不足でもない。彼らを殺すのは街が押しつけた自我の重みなんだ。そして春が来ると新しい獣が生まれる。死んだ獣の数だけ新しい子どもが生まれるんだ。そしてその子供たちも成長すると掃き出された人々の自我を背負って同じように死んでいくんだ。それが完全さの代償なんだ。そんな完全さにいったいどんな意味がある? 弱い無力なものになにもかもを押しつけて保たれるような完全さに?」

p.222

こうして、獣によって壁の外側に混沌さたる心が排出されることによって、壁の内側の「世界の終り」は、高い秩序の完全な状態に保たれているのです。

(2) 『生物と無生物のあいだ』

ふたつめは、福岡伸一の『生物と無生物のあいだ』。

この本の生物観は、「動的平衡」という概念にあります。ポイントは、「流れ」です。

つまり私たち生命体の身体はプラモデルのような静的なパーツから成り立っている分子機械ではなく、パーツ自体のダイナミックな流れの中に成り立っている。

p.8

「動的平衡」によれば、生物とは、何らかの要素を構成した何かではなく、要素の流れそのものです。

生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである。

p.154

外から来た重窒素アミノ酸は分解されつつ再構成されて、ネズミの身体の中をまさにくまなく通り過ぎていったのである。しかし、通り過ぎたという表現は正確ではない。なぜなら、そこには物質が「通り過ぎる」べき入れ物があったわけではなく、ここで入れ物と呼んでいるもの自体を、通り過ぎつつある物質が、一時、形作っていたにすぎないからである。

つまりここにあるのは、流れそのものでしかない。

p.161

そして、この「流れ」が、生命の秩序と関係します。

秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。

なぜか? ここにシュレーディンガーの予言が重なる。

p.166

生物も、エントロピー増大の法則の影響下にあります。エントロピーが増大すれば、生命は、いずれ、生命ではなくなってしまいます。だから、生命は、エントロピー増大の法則に抗う必要があります。

では、エントロピー増大の法則に抗うために、生命は、いかなる方法を採っているのでしょうか。

つまり、エントロピー増大の法則に抗う唯一の方法は、システムの耐久性と構造を強化することではなく、むしろその仕組み自体を流れの中に置くことなのである。つまり流れこそが、生物の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っていることになるのだ。

p.167

それが、「流れ」です。身体の外に次々と物質を排出することによって、混沌さを生命という枠の外に排出します。流れは、生命の内部に必然的に発生するエントロピーを排出する機能を担っています。

絶え間なく壊される秩序はどのようにしてその秩序を維持しうるのだろうか。それはつまり流れが流れつつも一種のバランスを持った系を保ちうること、つまりそれが平衡状態(イクイリブリアム)を取りうることの意味を問う問いである。

p.168

こうして、枠の外に絶え間なく混沌さを排出することによって、危ういバランスをとりながら流れていくものが、生命です。

生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている。それが動的な平衡の謂いである。それは決して逆戻りのできない営みであり、同時に、どの瞬間でもすでに完成された仕組みなのである。

p.284

3.「文章を書く」ことにおける動的な何か

『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』における「世界の終り」は、動きのない平和な世界です。でも、この動きのない完璧な世界を維持するには、獣によって、絶え間なく、混乱さが壁の外に運び出されなければいけませんでした。

生命は、どの瞬間においても、完璧に機能している、奇跡のようなひとつの全体です。でも、『生物と無生物のあいだ』によれば、このひとつの全体は、流れの中に身をおいて、混沌さを自らの外に排出し続けることによってしか、維持できません。

共通するのは、動的な流れこそが、完成された静的な秩序のように見えるものを維持している、ということでしょうか。

文章も同じかもしれません。

文章は、特に、ひとつの作品として書き上げられた文章は、静的な秩序を持つように見えます。でも、その文章を成り立たせているのは、その文章の枠の外に混沌さを排出し続ける、という流れです。

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