勇者の本
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単純作業に心を込める
あるところに、ひとりの勇者がいました。勇者は、魔王ゾーマを打ち破り世界に平和をもたらす、という大きな成功を成し遂げました。
しかし、勇者は、自分ひとりだけが大成功すればそれでよい、とは考えませんでした。世界中の冒険者たちに、大成功を掴んでもらいたいと、心から願っていたのです。
そこで、勇者は、世界中の冒険者たちに、自らが大成功した秘訣をあまねく伝えるべく、本を書くことにしました。
勇者は考えました。自分が大成功を掴んだことには、どんな要因があったのだろうか、と。その結果、勇者は、2つのポイントにたどり着きました。
- 目の前の具体的な判断をする際に、最終的な目的を思い描くこと
- 今の自分にできることを冷静に見極め、その範囲内に資源を集中すること
勇者は、この2つのポイントを核にして、1冊の本を書きました。
勇者の本は、またたくまに世界中に広がりました。世界中の冒険者は、競うように、勇者の本を読みました。そこかしこで勇者の本を題材にした読書会が開催されました。冒険者の中には、自ら冒険することをやめて、勇者の本を深く学ぶための合宿を企画する者が現れました。また、手持ちゴールドをつぎ込んで合宿に参加する冒険者も増えました。
勇者の本が書かれてから100年が経つ頃には、勇者の本を愛読する冒険者たちが、世界中に大量に存在していました。
しかし、勇者と同じような大成功を成し遂げた冒険者は、あまり増えませんでした。勇者の本を一生懸命読んでも、勇者と同じような大成功に至ることなく一生を終える冒険者たちが、大量にいたのです。
なぜでしょうか。
大きく分けて、理由は3つありました。
ひとつめの理由は、もう魔王ゾーマがいなかったことです。
勇者の本は、魔王ゾーマを打ち倒すという大成功を達成するための秘訣を詳らかにしたものでした。しかし、魔王ゾーマは、勇者によって、打ち破られていました。そのため、冒険者たちは、自分の大成功を自分で新たに設定しなければいけませんでした。たとえば、ミルドラースやエスタークを倒す、というように。しかし、勇者の本には、自分の成功を設定するための方法が書いてありませんでした。
ふたつめの理由は、勇者の本には、大成功のために必要な条件のうち、ごく一部しか明らかにされていなかったことです。
勇者が魔王ゾーマを打ち破ることができた背景には、少なくとも次の5つの条件がありました。
- 勇者が勇者の血筋を引いていたこと
- ルイーダの酒場で仲間になってくれた武道家がめちゃくちゃ強かったこと
- すごろくでたまたま破壊の鉄球を拾ったこと
- アリアハンで目覚めた瞬間から、魔王を倒して世界に平和をもたらすという自分のミッションを持ち続けていたこと
- その時点の自分が倒せる敵とだけ戦うことによって、少しずつ強くなってきたこと
しかし、勇者自身は、最初3つの条件に思い至りませんでした。隠したわけではありません。勇者は正直に自己分析をしました。しかし、最初の3つが自らの大成功を支えた成功を支えた条件であることは、勇者の頭に、浮上すらしませんでした。
また、勇者の本の編集者は、うすうす、最初3つの条件に気づいていました。しかし、あまりに身も蓋もない条件である上に、最初3つの条件は決して万人受けしないだろうと判断し、あえて最初3つの条件を勇者の本に盛り込もうとはしませんでした。
そのため、勇者の本に書かれた条件は、勇者と同じような大成功を達成するための十分条件ではありませんでした。
みっつめの理由は、冒険者たちによる勇者の本の受け止め方です。
そもそも、「私も勇者と同じように魔王を打ち破って世界に平和をもたらそう」という動機で勇者の本を手にとった冒険者は、割合にしてごくわずかでした。大多数の冒険者たちは、勇者が魔王ゾーマを打ち破るまでの物語を味わうため、勇者の本を手にとっていました。
また、「私も勇者と同じように魔王を打ち破って世界に平和をもたらそう」という動機で勇者の本を手にとった冒険者たちにしても、そのほとんどは、「自分の役に立ちそうな部分を取捨選択して取り込もう」という姿勢で、勇者の本を受け止めました。そのため、勇者の本に書かれたすべてを実践した冒険者は、ほんのわずかでした。勇者の本は、仮にすべてを実行したとしても、大成功の十分条件には足りないのです。いわんや、そのうちの一部を実行するだけでは、成功の十分条件に遠く及びません。
そんなわけで、勇者のすばらしき理念にもかかわらず、世界に大成功を増やすことには、あまり貢献しませんでした。
もっとも、勇者の本は、世界中の冒険者たちに、このうえない娯楽を提供することになりました。勇者の本によって、世界中の冒険者たちが味わっている幸福感の総量は、確かに増えました。勇者の願いとはずいぶんとちがうかもしれませんが、勇者の本は、時を超えて、世界に価値を増やし続けています。
(なお、このエントリは、R-styleの「R-style » 成功者の本」に触発されて生まれたものです。)
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