好きな素材を、上達論のテキストとして使い込む
目次
1.「上達論のテキストとしてみる習慣」という考え方
齋藤孝の『「できる人」はどこがちがうのか』に、「さまざまなものを上達論のテキストとしてみる習慣」が紹介されています。
つまり兼好は、「その道の達人」好きである。つまらないことでもいいから、一つの道を究めた者は何かを摑んでいる。そうした確信が、兼好にはある。
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齋藤孝は、吉田兼好の『徒然草』に、吉田兼好が「その道の達人」からその道の具体的なコツを学び、そこから普遍的な上達の秘訣を抽出する過程を見ます。そして、吉田兼好のこのような姿勢に着目すれば、『徒然草』が優れた上達論のテキストとなることを説明します。
ここで強調したいのは、さまざまなものを上達論のテキストとしてみる習慣そのもののことである。
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およそあらゆるものを上達論のテキストとして捉えようとすることによって、上達のコツを盗む目が磨かれてくる。
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そして、どんなものであれ、それを上達論のテキストと捉えようとすることによって、上達のコツを盗む目が磨かれる、といいます。あらゆるものを上達論のテキストと捉える習慣によって、自分なりの「上達の秘訣」を育てる力を鍛えることができます。
『「できる人」はどこがちがうのか』は、自分なりの「上達の秘訣」を育てることを説く本なのですが(『「できる人」はどこがちがうのか』→自分なりの「上達の秘訣」を育てている)、「上達の秘訣」を育てるためのコツのうちのひとつが、「あらゆるものを上達論のテキストとしてみる習慣」です。
2.好きな素材を、上達論のテキストとして使い込む
(1) なんでもいいなら、まずは好きな素材
齋藤先生は、見方次第で、およそあらゆるものが、上達論のテキストになり得る、といいます。
なんでもいいなら、自分が好きな素材を上達論のテキストとするのが合理的です。好きな素材なら、効果も高いでしょうし、なにより、楽しいにちがいありません。
そこで私も、自分の好きな素材を「上達論のテキスト」として捉え直してみます。今回は、村上春樹を「上達論のテキスト」として読んでみます。
(2) 村上春樹を「上達論のテキスト」として捉え直す
村上春樹は、個々の作品よりも、作家としてのスタイル自体が、「上達論のテキスト」になりうる作家です。実際、齋藤孝先生も、『「できる人」はどこがちがうのか』において、村上春樹のスタイル作りに一章まるごと費やしています。
ですが、ここでは、個別の作品から「上達論のテキスト」になりそうなところを探してみます。
a.『ねじまき猫のみつけかた』の「小確幸」
村上春樹を「上達論のテキスト」として捉え直すことを考えたとき、私の頭に最初に思い浮かんだのは、『うずまき猫のみつけかた』です。
『うずまき猫のみつけかた』は、村上春樹のエッセイ集です。その中に、「小確幸」という言葉が出てきます。これは村上春樹の造語で、意味は、「小さいけれども、確かな幸福」です。
結局ケチなんじゃないかと言われそうだけれど、決してそういうのではない。生活の中に個人的な「小確幸」(小さいけれども、確かな幸福)を見出すためには、多かれ少なかれ自己規制みたいなものが必要とされる。たとえば我慢して激しく運動したあとに飲むきりきりに冷えたビールみたいなもので、「うーん、そうだ、これだ」と一人で目を閉じて思わずつぶやいてしまうような感興、それがなんといっても「小確幸」の醍醐味である。そしてそういった「小確幸」のない人生なんて、かすかすの砂漠のようなものにすぎないと僕は思うのだけれど。
『うずまき猫のみつけかた』p.126
「小確幸」は、「小さいけれども、確かな幸福」で満足するほうがコストパフォーマンスが高い、という話ではありません。ポイントは、「「小確幸」を見出すために、自己規制が必要とされる」というところです。
規制は、自分で主体的に設定すれば、必ずしも悪いものではありません。日常の生活の中に、自分なりの自己規制を設けることは、毎日を丁寧に味わいながら暮らしていくための、とても有効な技です。
b.『スプートニクの恋人』の「注意深くなる」
次に思い浮かんだのは、『スプートニクの恋人』の「注意深くなる」です。
主人公の「ぼく」が大学に入って初めての18歳の夏休みに、一人でふらりと旅行をしていて、おなじく一人旅をしていた年上の女性と電車の中で知り合って、一夜をともにした、という『三四郎』みたいなエピソードにおける、「ぼく」とその女性の会話です。
18歳の「ぼく」は緊張していたので、1回めの行為はぎくしゃくしたものになってしまいました。「ぼく」は女性にそのことを謝ります。女性は、「そんなの、いちいち謝ることないわ」と言ったあと、ふと思いついたように、「あなた、車は運転する?」と言いました。
そこに続く会話を引用します。
「あなた、車は運転する?」
する、とぼくは答えた。
「どう、運転はうまい方?」
「免許を取ったばかりだし、そんなにうまくはない。普通ですね」
彼女は微笑んだ。「わたしもよ。自分ではけっこううまいと思っているんだけど、まわりの人はなかなかそう言ってくれない。だからまあ普通でしょうね。でもあなたのまわりにはきっと、運転がすごく得意だっていう人が何人かいるわよね?」
「いますね」
「逆にそんなにうまくない人もいる」
ぼくはうなづいた。彼女は静かにビールをもうひとくち飲み、少し考えていた。
「そういうのはたぶん、ある程度まで生まれつきのものかもしれない。才能とでも呼べばいいのかしら。手先の器用な人がいたり、不器用な人がいたり……。でもそれと同時に、私たちのまわりには、注意深い人もいるし、あまり注意深くない人もいる。そうよね?」
ぼくはもう一度うなずいた。
「それで、ちょっと考えてみて。もしあなたが、誰かと一緒に車で長い旅行をするとするわね。パートナーを組んで、ときどき運転を交代する。それでそういう場合にあなたは、相手としてどちらのタイプを選ぶかしら。運転がうまいけれど注意深くない人と、運転はあまりうまくないけれど注意深い人と」
「あとの方ですね」とぼくは答えた。
「わたしも同じ」と彼女は言った。「こういうのもたぶんそれと同じようなものじゃないかしら。うまいとか下手とか、器用だとか器用じゃないとか、そんなのはたいして重要じゃないのよ。わたしはそう思うわ。注意深くなる−−−−−−それがいちばん大事なことよ。心を落ちつけて、いろんなものごとに注意深く耳を澄ませること」
『スプートニクの恋人』p.62〜
男女が一夜をともにするときのことはともかくとして、うまいか下手よりも、注意深いか注意深くないかの方が大切なんだ、ということは、自分の経験(男女のどうこうではなく、幅広い経験ですよ)からも納得できることです。
また、うまいか下手かは、すぐにはどうにもなりませんが、注意深くあるかどうかは、自分の心がけだけで、すぐにどうにかなります。仮に、得意じゃないことをしなくちゃならない状況に追い込まれたとしても、自分は得意じゃないからと言い訳したり尻込みしたりするよりは、うまくやることよりも注意深くなることだけを徹底するほうが健全です。そして、得意じゃない人が注意深く取り組むことは、しばしば、得意な人が注意深くなく取り組むよりも、大きな価値になります。
『スプートニクの恋人』の「注意深くなる」は、私が村上春樹から学んだ、もっともたいせつで効果的な上達の秘訣です。
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