『文章教室』(結城浩)と『アリスの物語』監修PDF(倉下忠憲・藤井太洋)に、ウェブによる教育の可能性を見る
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書き方・考え方
1.よい校正の具体例を、ウェブ上で無料で入手するチャンス
(1) ウェブ上に無料で公開された2つの教材をご紹介
文章の書き方を学びたい方へ、よい教材を2つ、ご紹介します。
ひとつは、『数学ガール』シリーズの結城浩先生による『文章教室』です。
もうひとつは、倉下忠憲さんのライトノベル『アリスの物語』の原稿に対して、作家の藤井太洋さんがコメントを加えた監修PDFです。
"「ライトなラノベコンテスト」最優秀賞の倉下忠憲さんにインタビューしてみた" をINTERNET Watchへ寄稿、藤井太洋さんによる監修PDFを公開しました : 見て歩く者 by 鷹野凌
(2) よい校正の具体例は、よい文章学習教材
文章を校正することは、読みやすい文章を書くための、強力な方法です。しかし、どんな校正でもよいわけではありません。一口に校正といっても、そこには、よい校正とよくない校正があります。よい校正をすれば文章はどんどん読みやすくなります。しかし、よくない校正を繰り返しても、文章は読みやすくなりません。読みやすい文章を書くには、よい校正をする必要があります。
そこで、読みやすい文章を書くためには、よい校正を学ぶ必要があります。
よい校正を学ぶためのひとつの有効な方法は、よい校正の具体例を読むことです。よい校正の具体例を読み、校正前の文章、校正の内容、校正後の文章を比較すれば、よい校正とのイメージが掴めますし、よい校正を追体験できるため、よい校正をする力を身につけることができます。
よい校正の具体例は、よい文章学習教材です。
(3) よい校正の具体例を入手できるチャンス
さて、よい校正の具体例を教材にして学ぼう、と決意したとします。このとき、もっとも高いハードルが待ち構えているのは、よい校正の具体例を入手するところです。なぜなら、よい校正の具体例は、そこらへんにたくさん転がっている、というものではないからです。
校正は、ことの性質上、舞台裏でひっそりとなされます。表舞台に公開されるのは、校正を経た後の文章だけです。我々の目に触れる校正後の文章は、あたかも、最初からそのように書かれているかのような顔をしています。その文章に至るまでの校正前の文章や校正の内容は、我々読者の目の届かないところに隠されています。
よい公開の具体例は、普通、世の中に公開されていません。そこで、よい校正の具体例を入手できるチャンスに巡り会ったら、そのチャンスを逃さず、よい校正の具体例を入手しておくことが大切です。
ここで、冒頭にご紹介した2つの教材に戻ります。この2つの教材は、いずれも、よい校正の具体例です。
『文章教室』の解答編には、練習問題に対する読者の解答と、それぞれの解答に対する結城浩先生の丁寧なコメントが掲載されています。結城先生のコメントは、具体的な指摘である上に、なぜその点を校正すべきなのかの理由が記載されています。また、ひとつの練習問題に対して、読者の解答と結城先生のコメントが10名程度分繰り返されているため、文章を構成するポイントを、より多角的に身につけることができます。
【参考】
『アリスの物語』監修PDFは、プロの物書きである倉下忠憲さんが書いた校正前原稿に対して、プロの小説家である藤井太洋さんが、丁寧にコメントを加えています。また、ここに電子書籍として出版されている『アリスの物語』を加えれば、藤井太洋さんのコメントを受けて、倉下忠憲さんがどのような校正をしたのかを読み取ることもできます。『アリスの物語』を楽しみながら、幅広い観点からの校正を追体験することができます。
『文章教室』と『アリスの物語』監修PDFは、いずれもウェブ上に無料で公開されています(校正後の『アリスの物語』本体は、有料の電子書籍です)。よい校正の具体例として、これら2つを入手することをおすすめします。
【参考】
『アリスの物語』+監修PDFに、「読み手のためにとびっきり親切になる」ということを学ぶ(超優良文章教材のご紹介)
2.ウェブによる教育の新しい形
(1) 学習者として感動する以上に、教育者として衝撃を受けた
ここまでは、学習者として感動したという話でしたが、ここから先は、ちょっと視点を変えて、教育者として衝撃を受けた、というお話です。
私は、「教える」ということが、かなり好きです。また、自分でいうのも何ですが、たぶん、わりと得意です。そして、非常勤ではありますが、大学で講師をさせてもらってますので、多少はお金もいただいてます。私にとって、「教える」ということは、好きで、得意で、お金をいただけることです。
以前、私は、尊敬しているある方から、「好きで、得意で、お金をいただけること。この3つの輪が重なるポイントに仕事を見つけると、幸せな仕事が見つかる。」というアドバイスをいただきました。
そのため、私は、「教える」ということをライフワークのひとつにしようと決めています。この意味で、私は、自分の役割のひとつは「教育者」だと考えています。
さて、教育者の視点で見たとき、私は、『文章教室』と『アリスの物語』監修PDFに、衝撃を受けました。この衝撃の中身を考えてみます。
(2) 教育者として衝撃を受けた3つのポイント
教育者としての私が衝撃を受けたポイントは、次の3つです。
- 性質上公開されないはずの校正が惜しげもなく公開されると、高い教育効果を発揮する
- その時点での教育が、時を超えて教育効果を発揮し続けている
- ひとりからひとりに対する教育が、たくさんの人に対する教育効果を発揮し続けている
a.性質上公開されないはずの校正が惜しげもなく公開されると、高い教育効果を発揮する
ひとつめは、校正というものが公開されていることと、公開された校正が高い教育効果を発揮していることに対する衝撃です。
私は、文章教育に携わっています。文章教育においては、添削が重要な位置を占めます。教育者としての私の重要な役割は、学生が作成した文章に赤を入れることです。これもひとつの校正です。
でも、私は、校正というものを、校正する側である私と、校正される側である学生との間だけのものだと考えていました。そのため、校正というものの性質上、校正を公開する、という発想がありませんでした。
しかし、『文章教室』と『アリスの物語』監修PDFは、校正を公開しています。それも、ウェブという誰もがアクセスできる場所に、公開しています。まず、このことが衝撃でした。
そして、この公開された校正は、プロによるよい校正の具体例なので、この校正を読めば、あたかも自分が丁寧な校正を受けているかのような効果を得られます。つまり、『文章教室』と『アリスの物語』監修PDFは、高い教育効果を発揮しています。
よい校正を公開することは、高い教育効果を発揮する。これが、私が受けた衝撃のひとつめです。
b.その時点での教育が、時を超えて教育効果を発揮し続けている
ふたつめは、時を超えて教育効果を発揮し続けていることに対する衝撃です。
『文章教室』は、2002年のコンテンツです。しかし、私が『文章教室』から学んだのは、2014年です。
『文章教室』は、結城先生によって2002年になされた教育ですが、その教育は、12年の時を超えて、2014年の私(と『文章教室』2014年期生のクラスメイトたち)に対して、教育効果を発揮しました。
ウェブ上に公開されると、その教育コンテンツは、時を超えて教育効果を発揮し続ける。これが、私が受けた衝撃のふたつめです。
c.ひとりからひとりに対する教育が、たくさんの人に対する教育効果を発揮し続けている
みっつめは、ひとりに対する教育が、たくさんの人に対して教育効果を発揮し続けていることに対する衝撃です。
『アリスの物語』と監修PDFは、現時点で、強い勢いを保ったまま、順調に勢力を拡大しています。
まず、鷹野さんのブログが話題になりました。
"「ライトなラノベコンテスト」最優秀賞の倉下忠憲さんにインタビューしてみた" をINTERNET Watchへ寄稿、藤井太洋さんによる監修PDFを公開しました : 見て歩く者 by 鷹野凌
次に、監修者の藤井太洋さんによれば、2ちゃんねるでも話題になったそうです。
2chまわりまで広がってる倉下さんへの監修なのだけど、読んで、小説が書きたくなったというコメントには嬉しくなりました。
— 藤井 太洋 (@t_trace) 2014, 5月 18
それから、みたいもん!も監修PDFを話題にしています。
この小説は、いきなり発売された小説ではなくて、ここに至るまでの経緯があり、それが公開されている作品でもあります。
さらに、堀正岳さんのLifehacking.jpも。
それはあの “Gene Mapper” の藤井大洋さんによる初稿に対する修正を読むことができる点です。これは必見。
どんどん話題になっています。Googleで『アリスの物語』・監修PDFと検索すると、もう、出るわ出るわです。
当然、『アリスの物語』本体も、売れ行き好調です。ラノベで5位もすごいですが、2014/05/20の17時半現在、Kindle有料本で57位。すごすぎです。
ラノベで5位。ノーゲーム・ノーライフの間に挟まって、なんか申し訳ない感じになっている。
— 倉下 忠憲 (@rashita2) 2014, 5月 20
『アリスの物語』を読み、その物語を楽しんだ方の多くは、おそらく、その次に監修PDFを読むはずです。そして、『アリスの物語』+監修PDFから、読み手のためにとびっきり親切になるとはどういうことかを学ぶのではないかと思います。
藤井太洋さんによる校正は、もともとは、藤井太洋さんから倉下忠憲さんという、ひとりからひとりの校正でした。語弊がありますが、ひとりからひとりの教育とも言えます。
でも、この、ひとりからひとりの教育は、2014年5月20日現在、私が想像できないくらいたくさんの人に対して、教育効果を発揮し続けているようです。
ウェブ上に公開された教育コンテンツは、その質が確かなら、同時にものすごくたくさんの人に対して、教育効果を発揮しうる。これが、私が受けた衝撃のみっつめです。
(3) 『あなたがあたえる』の「価値の法則」&「報酬の法則」
教育者視点の衝撃は以上のとおりなのですが、関連して、『あなたがあたえる』の「価値の法則」&「報酬の法則」を思い出しました。
(1) 価値の法則(The Law of Value)
Your true worth is determined by how much more you give in value than you take in payment.
あなたの本当の価値は、相手からあなたが受け取るものと比較して、どれだけたくさんのものをあなたが相手にあたえるか、によって決まる
(2) 報酬の法則(The Law of Compensation)
Your income is determined by how many people you serve and how well you serve them.
あなたの収入は、あなたがどれだけたくさんの人の役に立てたか、また、あなた彼らにどれだけよろこんでもらえたか、によって決まる
『あなたがあたえる』の「価値の法則」は、「Your true worth is determined by how much more you give in value than you take in payment.(あなたの本当の価値は、相手からあなたが受け取るものと比較して、どれだけたくさんのものをあなたが相手にあたえるか、によって決まる)」というもので、「報酬の法則」は、「Your income is determined by how many people you serve and how well you serve them.(あなたの収入は、あなたがどれだけたくさんの人の役に立てたか、また、あなた彼らにどれだけよろこんでもらえたか、によって決まる)」というものです。
『文章教室』を公開し続けている結城先生や、『アリスの物語』+監修PDFを公開している倉下忠憲さんと藤井太洋さんは、まさに、この「価値の法則」と「報酬の法則」を実行しているんだなあ、という気がします。
ウェブは、ひとりからひとりに対する教育を、たくさんの人の役に立つものへと進化させてくれるように思います。私も、ひとりの「教育者」として、よりたくさんの人に対し、たくさんの役に立てる方法を模索したいなあ、と感じています。
こんなことを学ぶことができた点でも、『文章教室』と『アリスの物語』+監修PDFには、深く感謝、です。
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